麻生久美子の極貧とイジメ壮絶な子ども時代も、かわいすぎる制服姿に衝撃!

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女優の麻生久美子さん。

ドラマ『MIU404』で組織を引っ張る、凛としたキャリアウーマンを演じたかと思えば、『時効警察』では吹っ切れたコメディエンヌぶりもハマる。

どちらにも違和感を感じさせない、そんな稀有な女優さんですよね。

透明感のある美しく素敵な女性ですが、その姿からは想像できないほど壮絶な幼少期を過ごしています。極貧、いじめ、そして騙された過去。

現在は、スタイリストのご主人と2人の子どもたちとの幸せな結婚生活を送る、麻生久美子さんについてまとめてみました。

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麻生久美子のプロフィール

引用元:シネマカフェ
  • 本名: 伊賀 久美子 (いが くみこ) 旧姓:平丸 (ひらまる)
  • 生年月日:1978年6月17日 (43歳)
  • 出身地:千葉県山武郡山武町
  • 身長:162cm
  • 血液型:B
  • 兄弟:弟
  • 学歴:山武市立山武中学校、千葉県立佐倉南高等学校卒業

麻生久美子さんが生まれ育ったのは千葉県にある山あいの町。

過去に情熱大陸に出演した際の映像からも、非常にのどかなところで育ったことがわかります。

千葉県山武郡山武町の風景

そんなのどかさとは裏腹に、麻生久美子さんの幼少期はかなり壮絶なものでした。

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父親の暴力、借金、両親の離婚

父親はかなり金遣いが荒く、ギャンブルやゴルフなどにかなりお金をつぎ込んでいました。

一晩の麻雀で、20万円を使うなんてこともあったそう。

もちろん生活費を入れることはなく、それどころか多額の借金を作っていました。

家にはしょっちゅう借金取りが押しかけ、両親の喧嘩も絶えませんでした。ときには母親に暴力を振るうことも。

幼い麻生久美子さんは泣きながら母親を庇っていたといいます。

母親は借金返済と生活のため働きづめで、麻生久美さんは、寂しさから「行かないで」とドアにしがみついて泣いたこともあったそうです。

その後、借金を完済した母は、父に三行半をつきつけました。

しっかり完済してから離婚。債権者に筋を通すお母さん、すごいね。

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ザリガニを食した、貧しい幼少期

麻生久美子さんの幼少期の極貧エピソードがすごい。

  • 川でザリガニを釣って食べていた
  • 木の実や雑草を食べていた
  • いつも同じ服を着ていた
  • 服が無いので、体操服で学校へ行っていた

野生のザリガニには雑菌があり、危険なので食べてはいけません!

ザリガニを食べるのはよくないってことは、麻生久美子さんもずいぶん後になって知ったようです。

よくご無事で… 普段からすごいもの食べてたので、腸内環境がめちゃくちゃ逞しいのかもしれません。

ちなみに麻生久美子さんのおすすめの食べ方は、

「近所にはザリガニがウジャウジャいたので、よく釣って帰って、鍋でゆで、醤油をつけて食べていた」

「甘エビみたいな感じ。おやつですけど食事にもなっていたかな」

引用元:Asagei plus

良い子は真似しないようにね。

極貧生活についても語られているエッセイ
いろいろないろ

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貧乏を理由にイジメをうける

洋服を買うお金がなく、いつも同じ服を着ていたことでイジメをうけたことも。

2008年の週刊現代の誌面で、母親によって語られました。

久美子はただ貧乏だというだけでよくイジメられてたの。石を投げられたり、突然、道路で押されて、車に轢かれそうになったりね。さすがにそのときは私も怒って、相手の親のところに行ったわよ。「叩いても蹴ってもいい。でも、頼むから道路で押さないで。押したら死ぬから。必死に育てた娘の命にかかわることだけはやめて」って言ったの。

引用元:週刊現代

麻生久美子さんの額には今でも、投げつけられた石でついた傷が残っているといいます。

父親の浪費と暴力で家庭内は殺伐とし、唯一頼れる母は働かなければならずいつも不在。その上、学校でもイジメとは。

過酷すぎるこの環境で育ち、なぜ麻生久美子さんはあんなにも明るいのか。

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お母さんがいつも笑顔だった

麻生久美子さんの母親は、この逆境においても明るくて、いつも笑顔だったと言います。

野草やザリガニを食べることに関しても、決して子どもに悲壮感はみせない。 

子どもたちには、「これは貧乏じゃないんだよ。いいことなんだよ」って言い聞かせてね。心の中では、こんなの食べさせてゴメンねってずっと謝ってた。

引用元:週刊現代

子どもたちだって、自分と友だちとの環境の違いは感じるはず。それでも卑屈にならずに育ったのは、その差を補うほどのお母さんの明るさがあったのでしょうね。

私が美味しいよって教えると久美子も「本当だ〜」って喜んで食べていたのを思い出すわ。久美子は「もし何にも食べ物がなくなっても、これで久美は生きていけるね」なんて感動してたっけ。

引用元:週刊現代

どんな状況だって生きていける、そんな風に育った麻生久美子さんは、強く成長していきます。

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アイドルに憧れてだまされた過去

麻生久美子さんは、幼稚園の頃からアイドルに憧れていて、中でも西田ひかるさんはファンクラブにはいっていたほど大ファン。

いつしかアイドルを目指すようになった麻生久美子さんは ”かわい子ぶりっ子” とイジメられたりもしたそうです。

西田ひかるさんを意識してる感じ、伝わる

これについては「自分が世界で一番かわいいと思ってた、自意識過剰で嫌な子だった」と、当時を振り返り、イジメられても仕方ないと自虐的に語っています。

中学に入るとアイドルの夢は、単なる憧れだけでなく「家計を助けるためにお金を稼ぐ」という目的も付与されていきます。

高校生になるとエキストラ事務所にも所属。その頃、街でスカウトされて、初めての雑誌グラビアの撮影にも挑みました。

しかし出来上がってきた雑誌は、成人向けのいかがわしいものでした。

おまけに「広田絵美」という芸名まで勝手につけられていて、それが今も「旧芸名」として紹介されることが嫌だと、ご本人言ってました。

しかしそんな黒歴史も赤裸々に語る麻生久美子姉よ。

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若い頃の麻生久美子がかわいすぎる!

その後、17歳のときに、アイドル歌手志望として現在の事務所(ブレス)に履歴書を送ったことがきっかけで、芸能界に入りました。

1995年「第6回全校女子高生制服コレクション」グランプリを受賞したときの、麻生久美子さんを見て欲しい!

全校女子高生制服コレクション・グランプリを受賞

かわいすぎる〜、この透明感!!ザリガニ食べてたとか信じられない!

それにしても、1度 騙されて成人向け雑誌に載ってしまったら、心折れませんか。メンタルが異常に強いよ、麻生久美子さん。

働いてお母さんを楽にさせてあげたいという確固たる思いがあったのでしょうが、それにしても強い。

どんな状況でも生きていける。幼い頃からの母の教えが身についているんでしょうね。

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カンゾー先生で注目を集める

転機となったのは1998年、19歳のときい出演した映画『カンゾー先生』でした。

麻生久美子さんが演じたのは、敗戦直前の貧しい時代に、兄弟を食べさせるために自分の体を売り、戦地に赴く兵士たちを癒やすというきわどい役どころ。

体を張ったこの演技が評価され、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、新人俳優賞など数々の映画賞を受賞し、女優として大きく飛躍しました。

このカンゾー先生もそうですが、当時は肌を露出するような仕事が多かったそうです。

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スタイリストの夫と結婚

2007年12月、4年間の交際期間を経て、スタイリストの伊賀大介(いが だいすけ)さんと結婚。

夫の伊賀大介さん

出会いは、2004年に発刊した麻生久美子さんの写真集『いろいろないろ』の撮影現場でした。

麻生久美子さんよりひとつ年上の男性で、この通りイケメンです。

結婚から4年後には第1子となる女の子が誕生。その4年後に男の子が生まれています。

  • 2012年5月 :長女
  • 2016年11月:長男

ママのイメージなかったですね。

結婚から13経った今でも、結婚記念日には子どもを預けて、2人だけのデートを楽しむそうです。

「子供が生まれてからは、外食では基本的に子連れで行けるお店を選んで行っていますが、結婚記念日だけは、二人の時間を持つのもいいだろうと夫が計画してくれて。同じ家に住んでいるのに、わざわざ外で待ち合わせをして一日デートをしました。何時にここでね、と待ち合わせ場所を決めて、映画を見に行ってから、夫が『うかい亭』へ連れて行ってくれました。」

引用元:東京カレンダー

また何もない日でも、花を買ってきてくれたり、「これ似合いそう」と思った服を買って帰ってくることもあったりだとか。

えーいいなぁ、素敵。夫としてもだし、スタイリストさんに服選んでもらえるの最高じゃない。

子どもの頃から過酷な経験をしてきた麻生久美子さんは、人生を振り返ってこう語っています。

「思い通りにならないことが色々あったから、その分、夢があった」

苦境があったからこそ、そこを乗り越えた先に夢を抱いた。立ち止まらずに腐らずに、歩みのその向こうに夢を持った麻生久美子さんが、強くて素敵で。

私も頑張ろう、母として女として。パワーをもらいました。麻生久美子、ほんとかっこいいわ。

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