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鈴木杏樹 スピード結婚した夫と死別。ZIP!出演中の悲報と1週間での復帰に涙

ZIPの金曜朝といえば、女優の鈴木杏樹(すずきあんじゅ)さん。

トレンディドラマが全盛だった90年代。美人なだけじゃなく、英語もバリバリ話せる帰国子女として華々しく登場。

「お嫁さんにしたい女優No1」にも選ばれてたけど、48歳になったいまでも美しさは健在で、むしろ年齢を重ねて柔らかさがでてより素敵になったよね。

そういえば鈴木杏樹さんって結婚したんだろうか?子どもはいるの?

鈴木杏樹のプロフィール

  • 本名:山形 香公子(やまがた かくこ)旧姓:鈴木
  • 生年月日:1969年9月23日
  • 出身地:大阪府箕面市
  • 身長:161cm
  • 血液型:AB型
  • 兄弟:弟
  • 学歴:マリスト国際学校高等部中退、東京都立上野高等学校卒業

英語力はインターナショナルスクールで

鈴木杏樹さんは英語ペラペラです。(語彙!)

といっても、もう長いことテレビで英語をはなすことなんてなかったんじゃないかなぁ。

以前出演した「芸能人格付けチェック」では、ひさしぶりに流暢な英語がきけて「まだ喋れたんだ!」って思いました。

大阪出身の鈴木杏樹さんですが、高校は神戸にあるインターナショナルスクールです。

子どもの頃はとても人見知りだったのを心配した母親が、インターナショナルをえらんだらしいです。

イギリスで歌手デビューしていた

神戸のマリスト国際学校(インターナショナルスクール)にかよっていた鈴木杏樹さんは、17歳のときにスカウトされます。

しかしデビューの地は日本ではなく、イギリス。

まずは海外でデビューしたあとに日本で売り出す、いわゆる逆輸入アーティストを目指し、イギリスに音楽留学しました。

1990年には「KAKKO」という名前でデビューしています。

鈴木杏樹さんの本名は、香公子(かくこ)。KAKKOというのは、インターナショナルスクールでの愛称だったそうです。

さて、デビュー曲を歌う映像がなかなか衝撃的。今のイメージとはだいぶ違いますね。

Kakko – We Should Be Dancing

デビューの翌年には、 カイリーミノーグとツアーを回ったこともあるらしく、それなりに成功していたのかな?

藤井フミヤとの意外な関係

この頃、鈴木杏樹さんは現地の日本人宅に住んでいて、それが藤井フミヤさんの知り合いだったようで、当時から2人は面識があったそう。

ぱんだこ
ロンドンでフミヤに会うとかうらやましすぎ

デビューから1年。湾岸戦争が勃発したことで、鈴木杏樹さんは帰国します。

歌手としての逆輸入ではなかったものの、1991年に日本で「鈴木杏樹」として女優デビューすると、すぐに人気が爆発しました。

ぱんだこ
ほんとすごかったよね、あの頃の鈴木杏樹は

出演したドラマ「あすなろ白書」の主題歌を手がけたのは、ロンドンで面識のあった藤井フミヤさん(TRUE LOVEね)。

「あ、KAKKOじゃん!しかも名前変わってるし!」って驚いたらしい。

外科医師と4ヶ月でスピート結婚!

人気女優として活躍していた鈴木杏樹さんは、28歳のとき13歳年上の一般男性と結婚しています(1998年)

夫の山形基夫(やまがたもとお)さんは、駿河台日本大学病院につとめる外科医で、鈴木杏樹さんの担当医でした。

1998年1月、番組収録中に腹痛をうったえた鈴木杏樹さんは、駿河台日本大学病院に入院しました。

腹痛の原因は腸閉塞。

”ガンの権威”としてテレビでもとりあげられるほど優秀な外科医だった山形基夫氏が、鈴木杏樹さんの担当医となり手術も執刀しました。

退院時にメールアドレスを交換した2人は、その後、体の症状などを伝えるメールをおくりあっていたようです。

まぁまず、担当医と患者がメアド交換するとかないし、退院後の体調ケアまでしないよね。つまり…

ぱんだこ
「お食事にいきましょう」となるのも当然の流れだね。

出会いから6ヶ月、交際4ヶ月でのスピード結婚でした。

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結婚15年目、夫・山形基夫氏と死別

幸せな結婚生活をおくっていた2人でしたが、結婚14年目、夫・山形基夫さんが56歳という若さでこの世を去ってしまうのです。

亡くなる1週間前に夫は治療のために渡米し、ボストンの病院で手術をする予定でした。

危篤の知らせが届いたのは手術の前日で、鈴木杏樹さんが仕事に向かう朝のことだったそうです。

「ZIP!」へ家を出発する前でした。ご連絡をいただいて「大変危険な状態です」と。本番の真ん中ぐらいに留守電を聞きまして、ご連絡をさせていただいて、その時に「意識がなくなりました」という話でした。そのまま本番が終わって、電話をしました。本番が終わって3、4時間後に亡くなったと連絡をいただきました。

(引用:日刊スポーツ

危篤の知らせを受けてもいつも通りに仕事をこなしていたんですね。

そこまでしなくても…と思ってしまいますが、鈴木杏樹さんとご主人の間には2人にだけわかるような強いものがあったのでしょう。

意識がなくなったご主人の耳元にあてがわれた電話で、鈴木杏樹さんは「ありがとう」「がんばったね」と声をかけました。

その言葉に安心したかのように、息をひきとったそうです。

夫の死去から1週間でのZIP!出演に涙

43歳で未亡人となった鈴木杏樹さん。

2人の間に子どもはいなかったので、ひとりでその悲しみを抱えなければいけない。本当に辛いですね…

ですがマスコミにも気丈に対応し、1週間後には「ZIP!」に変わらぬ姿で出演。そんな鈴木杏樹さんが視聴者の涙をさそいました。

2011年4月、ZIP!の放送開始からずっと金曜パーソナリティーをつとめる鈴木杏樹さん。

主張しすぎず、でもその場をふんわりと包みこむような存在感は、朝の顔にふさわしい安定感がありますね。

今後とも爽やかな朝を楽しみにしてます。それと、水曜パーソナリティーはまだ決まらないのかしら?

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