磯村勇斗 中学生で役者を志す。地道な下積み時代を経て培った演技力

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磯村勇斗さんといえば『今日から俺は!!』の相良猛役で見せた極悪ヤンキーの印象が強烈で、その後『きのう何食べた?』のジルベール役が同じ人だとすぐには気づきませんでした。

単なるイケメン俳優ではない、役によってガラリと印象を変える実力派。

中学生のときに役者を目指し、地元の劇団や東京の小劇団などで演技経験を詰んできたといいます。

そんな俳優としての下積み時代やモテモテの学生時代についてまとめました。

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磯村勇斗のプロフィール

  • 本名:磯村 勇斗(いそむら はやと)
  • 生年月日:1992年9月11日 (29歳)
  • 出身地:静岡県沼津市
  • 身長:176cm
  • 血液型:A型
  • 兄弟:兄(8歳上)
  • 学歴:沼津市立第一中学校、静岡県立沼津西高等学校卒業、桜美林大学中退

磯村勇斗さんは両親と8歳上の兄の4人家族で、ご実家は沼津駅近くにある仲見世商店街で婦人服店を営んでいました。

その愛くるしいルックスや明るい性格で、商店街の人たちにも「はやちゃん」とかわいがられて育ちました。

「小さいころはすごく元気で騒がしい子で、落ち着きがなかったみたいです。幼稚園に行きたくなくて、母親を困らせていたと聞きました。家庭はイベント事をちゃんとやってくれる家で、クリスマスやお正月、誕生日、全部楽しく過ごしました。子どもの日にはかぶとを出してくれていたし、父の運転する車でよく隣の県まで遊びに行ったり。たまの休みの日にそういうことをしてくれた両親にはすごく感謝しています」

引用元:サンキュ

磯村勇斗さんがイベントで披露した七五三の写真。

磯村勇斗の七五三
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目立ちたがり屋の小学生時代

小学生の頃から人を笑わせたり注目を集めたりすることが好きで、お笑い芸人に憧れた時期もあったそう。

アンジャッシュやドランクドラゴンのようなコントが好きで、自ら考えたネタで同級生を笑わせたりしていたんだとか。

ちなみに磯村勇斗さんはボケ役だったそう。

静岡といえばサッカー王国ですが、磯村勇斗さんも小学校3年生でサッカーをはじめました。

沼津市をホームタウンとするサッカーチーム『アスルクラロ沼津』のジュニアチームに所属し、本格的にやっていたようです。

明るくておもしろくて、サッカーができるイケメン小学生ってモテる意外ないでしょ。

小学生どころか、幼少期からモテ街道まっしぐらだったそうですが、本人もかなりそれを意識していた節もあるのが可愛らしい。

「小学校のころは勉強もスポーツもどっちも頑張っていました。それができればモテると思っていたので(笑)。サッカーを始めたのも小学校のとき。今思うと、小学生のときが一番勉強してスポーツやっていたかも。頑張れば頑張るほど点数も上がるし、満点も取れたりしたし、それがすごく嬉しくて頑張っていました。母親がわりと『勉強しなさい』という人だったので、それに応えたいし誉められたいと思ってやっていて。いい点数取ればおもちゃを買ってくれることもあったので、そのために生きていたっていう感じです(笑)」

引用元:Deview
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中学生で演技を志した自主制作映画

磯村勇斗さんが役者を志すきっかけとなったのは、中学2年生のときに友人と作成した自主制作映画でした。

脚本・演出・撮影・編集・出演もすべて自分たちで手がけた、その名も『ヌマヅの少女ハイジ』

同級生に虐められてスイスに帰ってしまったクララに、みんなが謝りに行くというストーリー

クスッと笑ってしまうようなあらすじですが、これをすべて中学生で作り上げるのが素晴らしい。

ハイジ役の磯村勇斗

スカートを履いてハイジ役を熱演する磯村勇斗さん。

情熱大陸のYoutubeチャンネルに、 一部が公開されているので貼っておきますね。0:58頃です。

同級生たちにこの映画をみてもらったときの感動が、磯村勇斗さんの役者道のはじまりでした。

「中学2年生のとき、学校の授業の課題で友達と自主制作の映画を作ったことがきっかけです。『ヌマヅの少女ハイジ』という15分ぐらいの作品で、脚本もカメラも自分でこなし、ハイジ役も自分で演じました(笑)。それを学校で上映したときに、すごくたくさんの拍手をもらったんです。演じて面白いうえ、こんなにも評価してもらえるなんて、なんて楽しいんだろう。この楽しさを感じるには、俳優になるしかない!と思いました」

引用元:Deview
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高校や大学など学歴は?

「中学を卒業したら高校へは進まず、東京に行って演技の勉強がしたい!」との想いを胸に抱きましたが、ご両親は猛反対。

まぁ親としては当然よね…。

仕方なく地元の高校に進学します。

磯村勇斗さんが通っていた静岡県立沼津西高等学校は、偏差値58(普通科)で元参議院議員の田嶋陽子さんもこの学校の卒業生です。

また部活動においては、サッカーをやめてバスケの道に。その理由も「モテるから」だったそうで、こちらは一貫しています笑

かっこいい、これはモテる。

その一方で、お芝居への情熱は消えていませんでした。

地元の劇団をいくつか調べて連絡をとり、その中から『沼津演劇研究所』に所属しました。

50〜70代を中心に活動していた劇団で、そこに高校生が単身で飛び込んだことに、磯村勇斗さんの想いの強さが伝わります。

「演技の勉強をさせてください!」と真摯な姿勢で、週1回の練習には欠かさず参加しました。

ときには叱られたりしながら、半年後、高校2年生の冬に初舞台を踏みます。

地元劇団時代の磯村勇斗

アントン・チェーホフの『プロポーズ』という脚本で、演じたのは30歳の男性役。恋人役を演じた劇団員の女性は当時55歳でした。

高校の卒業が近づき、再び進学について両親と衝突した磯村勇斗さんでしたが、演技を学べる桜美林大学に進学しました。

しかし大学の授業ではその演技の情熱を満たしきることができませんでした。

「実は大学は2年半で中退してしまいました。大学でも1年に数本の舞台はあったのですが、結局は学生の授業。4年間も大学にいたら、自分の熱意がどんどん失われていく気がしたし、毎日に満足できなくなったんです。“もっと外の世界を観たい”“いろんなものを吸収したい”“一刻も早くプロとしてやっている方と一緒に演じたい”という気持ちでいっぱいになり、結局、中退しました。」

引用元:Deview
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転機となった『仮面ライダーゴースト』

居酒屋やカフェのアルバイトで生活費を稼ぎながら、小劇団で演技の経験を積み重ねていく磯村勇斗さん。

その舞台をみた事務所の方から声をかけられたことで、現在の事務所『BLUE LABEL(ブルーレーベル)』に2014年から所属します。

2014年6月には、玉木宏さん主演のドラマ『事件救命医2~IMATの奇跡~』にてドラマデビュー。バスジャックの犯人として登場しました。

IMATは見た記憶あるんだけど、覚えてない… 動画配信ないのかな。

残念ながらちょっと見当たらないね。

そして最大の転機となったのが、2015年『仮面ライダーゴースト』のネクロム役。

仮面ライダーネクロム

前年度の『仮面ライダードライブ』ではオーディションが通らず、1年越しに出演が叶い、当時、放送を心待ちにする磯村勇斗さんのインタビューがかわいいです。

「何ヵ月も何度もオーディションで戦っていました。マネージャーさんから『出演が決まった』と言われたときはもう、放心状態で、嬉しすぎて、言葉も出なかったです。今は撮影の真っ最中ですが、帰宅するたびに“10月から放送されちゃうよ! 子どもたちに見られちゃうよ!!”って一人でキャッキャと興奮しています(笑)」

引用元:Deview

若手イケメン俳優というと「スカウトされて事務所所属して俳優の道へ」というステップを思い浮かべてしまいます。

まさか磯村勇斗さんがこんなにも地道な下積み時代を経験されていたとは思いませんでした!

「これって相良なの?別人!」というあの驚きは、磯村勇斗さんのひたむきな情熱と積み重ねによって得たものだったのですね。

これからのいろんな役で見てみたいです。個人的には悪役がいいですね〜

コメント

  1. 相良大好き❤

    この方は色気ありますね。応援しています。