岡田健史 イケメンすぎる高校野球!真面目な性格と本名や両親、家族との素敵エピソード

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岡田健史さんについていろんなインタビュー記事を読んだけれど、ほんとに真面目な好青年!

小学校2年から野球をはじめて、高校は野球の名門。甲子園を目指してたんだって。

どんな質問にも真摯に答えているのはもちろん、その内容も実に実直というか、ともすれば、もうちょっと肩の力抜いたらどうよ〜と思えちゃうぐらい。

プロ野球選手を目指し、野球で鍛え上げられた精神は半端ないです。

真面目で素直、そのまっすぐな人柄が魅力的な岡田健史さんについてまとめました。

岡田健史 info
  • 福岡県出身
  • 小学校低学年から野球ひとすじ。野球の名門校で甲子園を目指す
  • 高3で野球部を引退後、演劇部に所属し演技の世界へ
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岡田健史のプロフィール

  • 芸名:岡田 健史(おかだ けんし)
  • 本名: 水上 恒司(みずかみ こうし)
  • 生年月日:1999年5月12日 (22歳)
  • 出身地:福岡県福岡市
  • 身長:180cm
  • 血液型:O型
  • 兄弟:姉(5歳上)
  • 学歴:福岡市立和白丘中学校、創成館高等学校卒業

岡田健史さん、てっきり本名かと思っていましたが、芸名だったんですね。

例の事務所との裁判で「本名で活動したい」という岡田健史さんの主張を知って初めて「芸名だったんだ」と思った方も多いはず。

ぱんだこ
ぱんだこ

裁判に関することは ”関係者筋” からいくつも情報散らばってますが、はっきり分からないのでこの記事では触れませんので悪しからず。

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父親と母親、姉の4人家族

岡田健史さんは福岡県福岡市生まれで、両親と姉の4人家族です。

インタビューでも両親のことを「素敵な人だ」と語っていて、尊敬できるご両親のようです。

過去のインタビューでは ”反抗期がなかった” ことについて「両親が素敵だったから」と語っており、とても尊敬している様子が伺えます。

「野球は両親との架け橋になったかもしれないけれど、それ以上に両親が素敵な人だったから。両親は、僕にひとりの人間として接してくれました。子ども扱いしたり、親だからって威張ることもありませんでした。だから、僕や姉も、母親が家事で大変そうな時には代わったし、それに対してありがとうと感謝してくれて。いつでも、ちゃんと話し合うことができたんです。例えば、この高校に行ってこのチームで野球がしたいと言ったら、どうしてそう思うのか理由を聞いてくれて、僕の意思を尊重してくれました。唯一、ぶつかったのは、俳優になるときだけ。そこは自分の意思を通しましたが、やっぱりこの両親のもとに生まれて良かったと思っています」

引用元:Numero
ぱんだこ
ぱんだこ

ちなみに「骨格、特に鼻は父親似で、パーツは母親似」だそう(本人談)

そういう健全な家庭に生まれ育っているので、きっとお姉さんとも仲良しなのでしょう。

岡田健史さんが出演した映画『望み』を観に行ったお姉さんが、ショックを受けて泣いてしまったというエピソードも語られていました。

『望み』は原作を知らずに劇場に映画を観に行った姉がショックを受けて泣いてしまったらしいんです。家族にそう思わせることができたのは作品としては成功ですよね。

引用元:ELLE

雫井脩介原作の『望み』は、

ある日行方をくらました息子が殺人事件の容疑者なのか、あるいは被害者なのかと家族が問われる物語で、岡田健史さんは息子役を演じています。

子を持つ親として、母親役の石田ゆり子さんのその想いに共感できる映画だった

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堤 真一, 石田ゆり子, 岡田健史, 清原果耶
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小学校や中学校はどこ?

岡田健史さんは、福岡市立和白丘中学校に通っていました。

小学校の情報は分からなかったんですが、Twitterなどでは「和白駅で見かけた」という声も聞こえるので、福岡市東区にある和白地区の出身であることは間違いないですね。

7歳のとき、地元の野球クラブチームに所属したかった岡田健史さんは、両親に、「野球をやらせてほしい」と頼みました。

野球経験者の父親は内心では喜んだものの、このときは「だめ、まだ早い」と、これを拒否するんですね。なんでだろう。

それは、僕の本気を試すためだったんです。中途半端な気持ちで始めるぐらいなら、最初からやらないほうがいいと、両親は思っていたみたいです。そこから、ことあるごとに、『やりたい』『やらせて』って頼んでいたら、『本気でやるなら、いいよ』と言ってくれた。それが小2になった春のことでした。

引用元:ViVi

子どもの本気を見極めて、強い意志で取り組ませる。そんなご両親の子育ての指針が今の岡田健史さんのひたむきさに繋がっているんでしょうね。

念願の野球を始めて、プロ野球選手を目指して練習に明け暮れる日々。

その憧れと情熱は中学生になっても消えることなく、頭の中は野球一色だったと言います。

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中学1年生で現事務所からスカウト

そんな野球一筋の岡田健史さんに ”芸能界” が身近にやってきたのは中学1年生のときでした。

中1の冬で、給食袋の袋を振り回しながら帰っているときに呼び止められて。そんな中で名前を聞かれたりして正直に答えて、家に帰ってお母さんに言ったら名前教えるなんてとすごく怒られて(笑)。ちょっと落ち込んでいたら、次の日も同じところにいて、今度は2人に増えてる!恐怖を感じて道の反対側を歩こうとしたら、こういう者ですって、改めてスカウトされました。

引用元:VOGUE

このとき岡田健史さんに声をかけたのが、今の事務所の社長でした。

この頃の岡田健史さんは野球しか頭になく断ったのですが、それから毎年冬になると社長はやってきてアプローチを続けたそうです。

ぱんだこ
ぱんだこ

社長の名前は ”岡田さん” で、自分の苗字を芸名につけるほど岡田健史さんに入れ込んでるってことかな。

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高校や大学など学歴は?

岡田健史さんは真っ直ぐに野球の道を貫き、長崎県にある野球の名門・創成館高等学校に入学します。

甲子園に春4回、夏2回出場の名門校です。

福岡の実家を出た岡田健史さんは、寮での団体生活をはじめます。まさに野球漬けの日々でした。

「雨が降ろうと槍が降ろうと毎日練習。朝5時起床で朝練、7時に点呼、散歩、朝食。8時に登校して授業を受けて、16時の終業後は20分でグラウンドへ。それから21時くらいまで練習。野球部の寮に監督とコーチも一緒に住んでいるので、完全に野球に集中できる環境でした」

引用元:FRAU

ポジションは意外にもキャッチャー。

いやいやいや、キャッチャーマスクあげて、こんなイケメン出てきたら女子ひっくり返るわ。

ぱんだこ
ぱんだこ

当然だけどかなりモテたらしいね。本人は告白されてないって言ってるけど、高嶺の花すぎるパターンか。

部員数は120名。そんな中で、岡田健史さんは1年生のときからキャプテンを任されていたそうです。

1・2年時はキャプテンでしたが、3年生になるとなぜか副キャプテンとなった岡田健史さん。これについて当時の監督は真っ直ぐになり過ぎてしまうから」と言っています。

真っ直ぐになりすぎて、逆に統制がとれなくなるということでしょうか。練習も手を抜かず、サボっている仲間を冷ややかな目で見てしまってたと本人も語っていました。

本当に真面目なんですね。

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野球部を引退したあと演劇部に

野球に明け暮れた3年間でしたが、その年、甲子園に進むことはできませんでした。

高校3年生の夏の県大会敗退後、次は大学野球を目指そうと新たな目標を掲げた岡田健史さんでしたが、ここで新たな出会いが生まれます。

演劇部の顧問から「お前、演劇やってみらんか?」と声をかけられるのです。

「野球の特待生で入学したのに甲子園にいけなかった。学校に対してなにか恩返しできないかと思って誘われていた演劇部に入部した」

と、ここでも実直な性格が垣間みえます。

ただの助っ人のつもりでしたが…

「最初の1週間くらいはちょっと恥ずかしさもあったけど、すぐに物語の世界にのめりこんで行きました。地区大会を勝ち抜いて、県大会に行って、その県大会の時に感じた気持ちが新鮮で。今の語彙力では言い表すことが難しいんですけど……楽しい!快感……!!って」

引用元:FRAU

実はこの演劇の県大会前日、岡田健史さんは大学の入学試験を受けていました。

しかし翌日の県大会、演劇の世界に魅せられた岡田健史さんは「大学に行かないで役者になりたい」と両親に打ち明けるのです。

大反対され、一旦は福岡工業大学・社会環境学部社会環境学科に入学した岡田健史さんでしたが、やはり演劇の夢は捨てきれず、まもなく中退。

強い意志で両親を説得し、あの毎年冬にきてくれていた事務所社長の元で俳優として生きていくことを決めたのでした。

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岡田健史は天狗になんてならないでしょ

今回の事務所との法廷闘争に際し「デビューからとんとん拍子で売れたため、ちょっと天狗になっている」という記事も見ましたが…

2020年の7月にA-Studioに出演した岡田健史さんの真面目ぶりに、アシスタントの藤ヶ谷太輔さんが「数年後にはかわってたらびっくりします笑」と言うと、

「変な方向には簡単にいけると思うので、でもそうなったら僕は消えていくだけなので。そうならないように、僕がやりたいことがなんなのかを見極めて、見定めて… 死んでいきたいなと…」

引用元:A-Studio

語っていました。「死んでいくって!笑」と笑福亭鶴瓶さんにも突っ込まれていましたが。

ちょっと心配になるぐらい真面目で正義感に溢れた人だと思われます。天狗になったり、そんな浮かれてどうこうするタイプにも見えない。

とにかく何が真実かは分かりませんが、事務所とは和解ということなのですね。

「MIU404」のときのような堅物・真面目な役もいいし、「ウチの娘は、彼氏が出来ない!!」のようなヘラヘラっとした役も合ってた。

再びドラマや映画で活躍されることを楽しみにしています。

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