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小栗旬と小栗了の兄弟エピソードが素敵!家族がすごい。父・小栗哲家はオペラ界の巨匠!

小栗旬(おぐりしゅん)さんの家族がすごいらしい。

兄・小栗了さんが「明石家さんまの転職DE天職」に登場して話題となりました。どことなく小栗旬さんにも似ていましたね。

かつて俳優をしていた6歳年上の兄との共演エピソードや、幼い日のかわいらしい話題までお伝えしたいと思います。

また、小栗旬さんの父親は、世界的に名をはせるスゴイ人だったんです!

小栗旬のプロフィール

  • 本名:小栗 旬(おぐり しゅん)
  • 生年月日:1982年12月26日
  • 出身地:東京都小平市
  • 身長:184cm
  • 血液型:O型
  • 兄弟:兄、姉
  • 学歴:小平第三小学校、小平市立上水中学校卒業、明星学園高等学校中退

東京都小平市で3人きょうだいの末っ子として生まれた小栗旬さん。

「ファザコン・マザコン・ブラコン・シスコンのすべてを持ち合わせている!」といわれるほど、家族が大好きなんだそう。

そんな小栗家のみなさま、実はそれぞれが活躍の場をもつ、名前の通った人物なんです。

母親はバレエ教室を運営

まず情報があまりなかった、母親とお姉さんについてさらりと。

母親の小栗昇子さんは、元バレリーナで、クラシックバレエ教室の運営しています。

お姉さんは美容系の専門学校を出てから、メイクを学ぶためにアメリカへ留学。その後、コンピュータ関係に転向したそうですが現在の情報はわかりませんでした。

父親は舞台監督を務める小栗哲家

父親は、オペラの舞台監督をつとめる小栗哲家(おぐり てつや)さんです。

<引用:CULTURE>

ウィーン国立歌劇場、ミュンヘン・バイエルン国立歌劇場、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場などで舞台監督をつとめるほどの方なんだって!

ぱんだこ
あんまり詳しくないけど、なんかすごそう!ってことはわかる!

24歳のとき、それまで無縁だったオペラの舞台を手伝うことになり、そこでオペラに魅了され舞台監督助手に。

その後、わずか3年で、オペラの舞台監督に指名されます。

仕事に奔走する日々だったようで、小栗旬さんも「(父は)ほとんど家にはいなくて、1年に10日も休んでいないぐらい仕事をしていた」と語っていました。

父親のことを誰よりも尊敬しているという小栗旬さん。

2017年には父親が手がけているコンサート「サントリー1万人の第九」の朗読ゲストに招かれ、はじめて仕事をともにし、父の偉大さを感じました。

そんな小栗旬さんも、映画『シュアリー・サムデイ』で映画監督に挑戦しました。父の影響は大きいですね。

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兄・小栗了はイベント制作会社の社長

6歳上のお兄さんは、企業イベントのプロデュースや舞台制作などを行う会社「NAC」の代表取締役社長である小栗了(おぐりりょう)さんです。

<引用:GQ JAPAN

かつては俳優業もしていました。

映画監督を志して留学していたアメリカの大学では、映画学部に所属。そこで演技の勉強もしていたそうです。

帰国したとき、日本では弟・小栗旬さんがブレイクしていて、「あいつができるなら俺もできる!」と思いこみ、芝居の道にすすみます。

ぱんだこ
勘違いしてしまった、と本人は笑ってたね

高橋一生との共演

初めてのドラマ出演は、火曜サスペンス劇場のいかりや長介さんの刑事ドラマシリーズ「取調室」の刑事役。

このドラマでは、高橋一生さんと共演していて、宿泊先のホテルでは同じ部屋に寝泊まりし、毎晩熱く語っていたという過去も。

思いがけないところでつながりますね。

蜷川幸雄舞台での兄弟共演

小栗旬さんが主演をつとめた、蜷川幸雄さんの舞台「間違いの喜劇」にも出演。役の上でも「兄」を演じました。

この舞台への出演依頼は、蜷川幸雄監督にことづてされた小栗旬さんからの電話でした。

予定している出演時間が短いため、兄に申し訳なくて蜷川幸雄監督にも「俺からは頼みたくない」と一度は断っていたそうです。

「やらないでしょ?」と、遠慮がちに話す弟の申し出に、兄は快諾しました。

<引用:映画.com

俺はやっぱり兄貴ですし、多少のプライドはありますが、

その当時の小栗旬に対してのプライドは正直なかったし、

初座長の弟の芝居だし、

しかも、舞台上で少しでも兄弟役ができるっていうのは

非常に俺にとっては魅力的でしたので、

旬に、「いや、俺は頼まれればやるよ!」って

即答しました。

(引用:小栗了ブログ

兄に悪いという思いもありながら、初座長のプレッシャーのなかで兄がいてくれるという心強さは、小栗旬さんにとっても大きかったろうと思います。

稽古期間中、小栗旬さんがインフルエンザに倒れたときは、蜷川幸雄監督から「小栗が2人いるんだからお前かわりにやれ」と、代役をつとめることも。

残念ながら2日間で代役を降ろされてしまったそうですが。「いつも脇にいる役なので真ん中に立つのは難しかった」とテレビで語っていました。

結婚を機に役者を引退する

小栗了さんは、30歳のときに役者を引退します。

子どもを授かり、結婚を決めたことがきっかけでした。

2007年9月に株式会社NACを設立し、代表取締役社長をつとめておられます。イベントや演劇の演出・制作などが主な事業内容。

あの「シルク・ドゥ・ソレイユ」の日本公演にもかかわっています。

以前はアパレル業などもしていて、小栗旬さんの初監督映画「シュアリー・サムデイ」にも衣装提供していたとか。

外野の声はいろいろあるようですが、兄弟が仕事をつうじてかかわっていくっていいですよね。

子どもの頃のエピソードが微笑ましい

仲良しな小栗了さん・小栗旬さんの幼い日、2人のこんなエピソードがあります。

昔はですね、よく、俺のやってるファミリーコンピューター

いわゆるファミコンですが、

まぁ、前をうろうろするわけですよ、で、しまいに電源に足をひっかけて抜く。

当然、俺、激怒みたいな^^

そんな、どこにでもいる兄弟です。

そいで、旬を追いかけまわしてたら、死んだばあちゃんに俺が死ぬほど怒られたんですが。

そんなこんなで、そのころは兄ちゃんは相当、怖かったみたいです。

(引用:小栗了ブログ

兄弟あるあるw

うろうろする小栗旬さんを想像するだけで、かわいい。

幼いころはまぁよくある兄弟の関係でそれはそれでかわいいですが、大人になってそれぞれのステージで活躍しつつ、協力しあえる兄弟って素敵ですよね。

それぞれに活動の場をもち多忙ながらも、誰かの誕生日になると顔を合わせたり本当に仲がいい家族。

経済面も大事ですけど、絆の強い家族環境に育った人間って強いよなぁと思う、今日この頃です。

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