サンシャイン池崎の実家がすごい!2度の火事で貧乏生活するも母の大きな愛に感動!

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全身をのけぞらせて「イエェェェェェェイ!!!!」と叫ぶお笑い芸人・サンシャイン池崎(いけざき)さんが大ブレイク中です。

わたしも大晦日の『絶対に笑ってはいけない科学博士24時』で斎藤工さんの「イエェェェェェェイ!!!!」にはまったクチです。
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あのときまでご本人さん知らなかったし、斎藤工さんの変貌にただただ笑うばかりだったんですけど。

でも「空前絶後のオオオ!!」って思わず口にしたくなるよね。イエェェェイは喉に負荷がかかりすぎて無理だけど。

池崎さん、喉だいじょうぶか。

そんなハイテンションな池崎さんですが、実はかなり不遇の生い立ちだったようです。

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サンシャイン池崎のプロフィール

本名:池崎 慧(いけざき さとる)
生年月日:1981年10月9日
出身地:鹿児島県鹿屋市
身長:173cm
血液型:O型
兄弟:兄
学歴:鹿児島県立鹿屋高等学校、大分大学工学部卒業

小さい頃から明るくてひょうきんモノ。幼稚園のころからクラスの人気者でした。

とんねるずやナインティナインに憧れて、小学校のころには「お笑いといえば、池崎」と周りから認識されるほど。

中学生になると友だちとコンビを組んで、コントをしたり、お笑い街道まっしぐらにすすんでいきました。

池崎さんとしては「高校を卒業したらお笑いの養成所にはいりたい」という思いもありましたが、池崎さんが進学した高校の性質上、そうはいかなかったようで。

高校や大学など学歴は?

高校は、地元では進学校として知られる 鹿児島県立鹿屋(かのや)高等学校

現在の偏差値をみると57ということなので、ランク的には中の上といったところでしょうか。

卒業生には政財界の著名な方もいらっしゃるようですし、もしかしたら池崎さんが在籍していたころからレベルが落ちているのかもしれませんね。

高校時代、周囲にはお笑いをやるような仲間はおらず、卒業後は当たり前のように大学を目指す。そんな中で、池崎さんもなんとなく大学に進学したといいます。

大分大学工学部に入学。

そして大学生になると再びお笑いへの思いが再燃し、中学生のときのように、人前でコントやネタを披露するようになりました。

当時つきあっていた彼女が持ってきたチラシをみて、念願のお笑い養成所「ワタナベコメディスクール」に入所したのは大学4年生のときでした。

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2度の火事にみまわれ貧乏生活

池崎さんの実家は、タバコの葉を栽培する、タバコ農家でした。

しかし池崎さんが幼稚園生のころ、工場が火事になり全焼。原因はヘビースモカーだった父が、工場内でたばこを吸い、それが商品の葉っぱに引火したのです。

自らの過失により全てを失った父でしたが、もう1度機材も導入してなんとか工場を再建します。再び工場は動き出し、なんとか軌道に乗ってきたころ・・・

ありえないことに、また同じ原因で工場を全焼させてしまうのです・・・。

なんてこと。信じられないぐらいひどい話。

しかし相当、肝がすわったお父さんなんでしょうか。その後、あらたに『池崎組』という大工もはじめたそう。倒産したとのことですが、すごいバイタリティ。

おかげで池崎家はかなりの貧乏を強いられていて、当時住んでいた家は、池崎さんいわく「5分あれば素手で破壊できるほどのボロさ」だとか!

その状況で「子どもを大学に行かせる」とか。お母さん、苦労しただろうな。いろんな意味ですごいご両親です。

アルバイトで月収80万円!

大学時代は、大分大学紫岳寮での寮生活。

学費は奨学金を利用していましたが、大学2年生のときに実家からの仕送りが止まってしまったので、生活費などは池崎さんがアルバイトで稼ぎました。

当時から、カラオケの店員・ポスティング・仕分け・居酒屋の店員・キャバクラのボーイなど、さまざまなアルバイトを経験しましたが、最近まで生命保険の営業のアルバイトをしていたそうです。

そのキャリアは10年近くまでおよび、正社員へのお誘いもあったそう。

仕事内容は、保険の加入者に電話し、プランの見直しなどを提案するというもの。営業成績はかなり良くて、約300人ほどの中で2位をとったことも。

社長賞を受賞し、そのときは給料とボーナスを合わせて月収80万円だったとか!

アルバイトで月収80万円!それだったら芸人やめて、その道も・・・とは考えなかったようです。

実家がすごいことに!母の思いに涙

しかし芸人として売れない時代は長く、同期のハライチやフォーリンラブのバービーが活躍するのを妬ましく思いました。

そんなときに、「(ボロボロの自分の実家をみたら)心が折れてしまいそうで」と、実家から足は遠のきます。

その間、15年。

今では、池崎さんが住んでいた家はなくなり、両親は別のところに住まいを構えていました。

これは・・・

確かにすごい。

かつて父親が立ち上げた『池崎組』を住居として使用しているそうですが、老朽化(というのか)がすごいです。むき出しのコンセントとか。

室内にトイレはなく「その辺で」するとのこと。

池崎さんは芸人として売れるようになって、ようやく家に仕送りができるようになったと、以前テレビで話していました。

その仕送りをどう使っているのかとたずねると母は当然のように「貯金してるよ」とこたえました。

「使うわけない。使えません。先(将来)何があるかわからんよ。いいときばかりじゃないしね、芸人は特に。お金バンバン使ったっていいことない。いつ売れなくなるかわからん。今はいいけどね。先のことちょっとは考えなきゃ。

(生活は)自分たちが働いたお金でなんとかやっていける」

自分を案ずる母の発言に胸をうたれた様子の池崎さんは「使っていいよ」と言います。それでも

「子どもが用意したお金は使えない。そんなもんよ、親は」

子どもが用意したお金は使えない、その気持ちは同じ親としてわかります。

だけど池崎さんのご両親のような環境で、果たしてそんなことが言えるだろうかと考えてしまいます。

「(この生活に)なにも不便はない」という、池崎さんの母。

足るを知る。不満ばかりに目を向けず、満たされていること、足りていることをちゃんと見つけ出せる人。

なかなかできることではありません。

つましい生活を送っているだろうに、息子からの仕送りは使わず、そして久しぶりに帰ってくる息子のためにメロンを用意しているお母さん。

母の愛、そして人間としての器に感動しました。

こんなご両親のためにも、池崎さんがこれからもずっとテレビで活躍できますように。

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