柳楽優弥の激太り&苦悩のバイト時代を支えた妻・豊田エリー!結婚や子供のこと!

      2016/04/12    男性俳優, エンタメ ,

NHKの朝ドラ『まれ』が横浜編に突入しました!いよいよ登場ですよ、柳楽優弥(やぎら ゆうや)さん!

14歳で史上最年少でカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞。日本人初の受賞というとんでもない快挙を成し遂げたのは有名ですね。

でもそれ故に、苦悩の日々を送ることになってしまったのです…

スポンサードリンク

柳楽優弥のプロフィール

20150513-101
本名:柳楽 優弥(やぎら ゆうや)
生年月日:1990年3月26日(25歳)
出身地:東京都東大和市
身長:174㎝
血液型:A型
学歴:東大和市立第二中学校卒業、堀越高等学校中退

柳楽さんの出身は、あの『となりのトトロ』の舞台となった狭山丘陵がある東京都東大和市。

生粋の田舎モンの私には『東京の田舎町』なんてどのレベルで言ってんだよ〜なんて思ってしまいますが、自然の多いところだそうです。

そんな町で生まれ育った柳楽さんが『芸能界』を目指したのは、12歳のときでした。

中学生で芸能界入り

その頃、友人がすでに芸能界のお仕事をしていたようです。友人が出ているテレビ番組を見て、ゲラゲラ笑っているうちに「オレもやってみたい!」という気持ちになったんだとか。

中学生で笑わせる仕事ってなんですかね?気になって調べてみましたが分かりませんでした。あっぱれさんま大先生とかかなぁ。

そして芸能事務所『スターダストプロモーション』に応募し、芸能界入りしたのが12歳の時でした。

そんな思いつきで応募して、あの大手プロダクション・スターダスト所属となるなんてすごいですよね。

映画『誰も知らない』

しかし柳楽さんのサクセスストーリーは、大手芸能事務所入りだけに留まりません。

初めて受けたオーディションで、是枝裕和(これえだ ひろかず)監督に見初められ、なんと主役に抜擢。それがカンヌ国際映画祭男優賞を受賞することになった映画『誰も知らない』なわけです。

20150513-102

2004年に公開された『誰も知らない』観ましたか?

シングルマザーである母親(YOU)が、幼い4人の子供たちを残して家を出て、交際相手の元へ行ってしまうところから始まります。もう冒頭からしんどいんですが。

次第に食料も底を尽き、弟や妹たちを食べさせるために奔走する小学6年生の長男を柳楽さんが演じました。

この映画の子役たちは、いわゆる『名子役』という感じではないんです。泣いたり叫んだり、悲嘆にくれる“お芝居”をするわけではなく、だたその生活を送っている子供たち。

20150515-003

まるでドキュメンタリーのようでした。それが余計に胸に迫るものがあるという。

この映画が上映された頃、是枝監督は「映画の趣旨は母親を責めるものではない」と語っていたのを記憶しています。

もちろん母親が一番悪いのですが、映画では「そういった子供たちに無関心な世間」への問題提起として描かれていました。

映画は、1988年に実際に発生した「巣鴨子供置き去り事件」が元になっています。映画の公開から6年後の2010年にも大阪で幼い子供たちを置き去りにする悲しい事件がありましたよね。

今またこの映画を観るとまた新たな想いがあるかもしれません。

カンヌ国際映画祭男優賞受賞後の苦悩

受賞後は一躍有名となり、映画『星になった少年』『包帯クラブ』など、主演ばかりを務め、多忙な日々を送っていました。

しかし本人としては、カンヌを獲ったのは「初めての芝居」でのこと。ましてや12歳で、自分の意志を持って芝居をしているというよりも「監督に言われたままやった」のだという想いがありました。

にもかかわらず、周りからは「カンヌ受賞俳優」として見られることへのプレッシャーで、精神的に追いつめられていったのです。

20150515-004

そんなことから、2007年に映画『包帯クラブ』で主演を務めた後、しばらく休業生活に入ります。当時は、人間不信で引きこもりだったと言います。

そしてその休業中に、自宅で精神安定剤を大量に服用したことにより緊急搬送されたことが話題となりました。

このときも「カンヌ受賞子役からの転落」のように大々的に報じられていました。受賞は非常に名誉なことでしたが、柳楽さんにとっては重い看板だったのでしょうね。

スポンサードリンク

激太り!

2009年、映画『戦慄迷宮3D THE SHOCK LABYRINTH』の制作発表のため、久しぶりに公の場に現れた柳楽さんの変貌ぶりに驚いた方も多いはず!

なんと…

20150515-005

こうなってました…

おぅ…これは…

引きこもりの中、食べてばかりの生活を送ってこうなってしまったんだとか。荒んだ生活が見えてくるようです。

そんな柳楽さんを支えてくれたのは、15歳のときから交際を続けていた豊田エリーさんの存在でした。

豊田エリーと結婚

2人の出会いは、通っていた堀越高校。入学式のその日に、1年先輩であったエリーさんに一目惚れしたことがきっかけでした。

一旦、別れも経験しながら、2人は2010年に結婚。柳楽さんは19歳で夫となり、そして20歳で父となりました。

20150513-004
関連記事=>豊田エリーかわいい!ハーフで本名は?結婚した柳楽優弥との夫婦仲や子供は?

幸せいっぱい… のはずでしたが、仕事が全くない日々で、引きこもり生活は続き、1日8食。身長174cmの柳楽さんの体重は、MAX82キロになっていました。

エリーさんには「役者を辞めたい…」と弱気なことも言っていたようです。そんなときエリーさんは、こう思っていたと『A-Studio』で語りました。

「辞めたい、辞めたいと言っているうちはあの人は絶対辞めない。でも本気で辞めようとしたら、絶対に止めるつもりだった」と。

20150513-001

輝いていた夫がふさぎ込んで、見た目にもどんどん変わっていく。そんな中でも、夫の俳優としての才能を支持するって本当に素敵な女性だなと思います。

柳楽さんも妻・エリーさんのことを

「奥さんは格好いい人で、高校時代から付き合っていて僕のことをよく知っているので、小さなことで悩んでいると一刀両断してくれる。本当に感謝しています」

と語っています。良い夫婦なんだなぁ。

アルバイト生活

結婚したその年、2人の間に女の子が生まれました。

若くして脚光を浴び、もてはやされ、そして現在の自堕落な生活。社会を知らずに来てしまった。「このままだと自分はダメになる」家族のために、自分のために柳楽さんは、動き出しました。

増えすぎた体重を25Kg落とすダイエットを慣行。

インターネットのバイト募集サイトで見つけた車のディーラーでの洗車のアルバイトに応募し、面接に行きました。あの柳楽優弥が来たのですから、関係者は「ふざけてるのか?」と思ったと言います。

本人の意思を確認し、採用。時給1000円のアルバイトでした。「入れれるだけ入れてください!」会社で支給されたお揃いのつなぎを着て働き続ける日々。

真面目に、がむしゃらに働く姿を見て、上司は「青春を取り戻そうとしているように見えた」と過去を振り返りました。

20150515-006

そして夜は表参道にある居酒屋でのアルバイト。ビジュアルの良い柳楽さんは、ホールスタッフとして採用されました。

飲食店のホールスタッフって名札つけてますよね。柳楽さんの場合、かなり特徴のある名前が本名で、さらに整った顔立ちということで相当目立っていたようです。

酔っぱらい客には「やぎら〜?サインちょーだいよ〜」などと、からかい半分に声をかけられることも多々あり、とても悔しかったと言います。

でもそういうことって避けられないですよね。柳楽さんも分かっていて、でもそのバイトを選んだっていうところに彼の強さを感じます。

そのときの悔しさが、「俳優としてやっていきたい」と自分自身を奮い立たせてくれたと「逆に感謝している」と語っていました。

離婚?夫婦仲は?

そして何よりも、ずっと支えて見守ってくれた妻・エリーさんに感謝しているのではないでしょうか。

仕事で長期に家を空けたときに、柳楽さんはエリーさん手紙を書きました。1通じゃないんですよ!家にいない間、エリーさんが毎日1通ずつ手紙を読めるように、自分がいない日数分の手紙を用意して行ったんだとか。

す、すごすぎる!

エリーさんが柳楽さんと結婚したのは「これ以上好きな人は二度と現れないと思った」から。

相思相愛ってこういうことを言うんだろうなぁ〜

子供への想い

20歳のとき、立ち会い出産で生まれた娘さんは、現在4歳。

生まれたときには

「こんなに感動したのは初めてです。自然と涙がこぼれてくることに気付いた時、幸せを感じました。男としてこの子と奥さんを一生守りたいとあらためて感じました」

と、妻や子供への想いを語っていた娘さんも、幼稚園に通うほどに成長しています。

20150513-005

「娘の運動会に行ったら、パパの競争がありますからね。“おれが競争する時は、意地でも他のパパに負けない”って。いちばん若いから、絶対負けられないって思って」

若いパパ素敵〜

若い夫婦ゆえに「すぐ離婚するよ〜」なんて言われていましたが、愛いっぱいの家族ですよね。そんな家族に支えられて、柳楽さんもお仕事が順調なようです。

「監督の言われた通りやった」10代を経て、自分の境地を見いだしている最中ではないかと思います。これからの益々の活躍を楽しみにしています!

スポンサードリンク

 - 男性俳優, エンタメ ,