唐沢寿明は高校中退で親勘当!下積み時代にライダーマン!山口智子と出会いは?

      2016/04/14    エンタメ, 男性俳優 ,

長く第一線で活躍する名俳優でありながら、インタビューやトーク番組で見せる軽快なトークにそのサービス精神が伺える唐沢寿明(からさわとしあき)さん。

かつてトレンディ俳優として一世を風靡し、そして今なお活躍し続ける唐沢さんですが、偉ぶる様子もなく性格もよさそう!

それには苦労の下積み時代が大きく影響しているようです。

スポンサードリンク

唐沢寿明のプロフィール

20150225-003
本名:唐澤 潔(からさわ きよし)
生年月日:1963年6月3日(51歳)
出身地:東京都台東区
身長:175㎝
血液型:A型
兄弟:兄、弟
学歴:東京都立蔵前工業高等学校中退

唐沢さんが「お芝居」を意識したのは小学3年生のとき。テレビドラマの展開に一喜一憂して泣いていると母親に「テレビの中の話なんだから泣いているんじゃない!」と言われ、初めて「これはお芝居だったのか!」と気づいたそうです。

そのとき悪役を演じていたのが橋爪功(はしづめいさお)さんでした。主役ではなかった橋爪さんの演技に魅了されました。

「主役じゃなくても、こんなに人の心を動かすことができるならば、役柄なんて関係なく演じられるだけでいい」

その想いが今日までの唐沢さんの俳優人生に大きく影響していると言います。

ライダーマンの中の人

中学生になった唐沢さんはブルースリーに夢中になり、すっかり成りきってモノマネをするほど。俳優への想いが高まった中学3年生のある日、東映撮影所にアポ無しで出向いた唐沢少年は、そこにいた守衛さんに「俳優になりたい」という自分の想いをぶつけました。

年齢を聞かれ「とにかく1年後、中学を卒業したらまた来い」と言われ、門前払いされるのです。

素直な唐沢少年は1年後にまた東映撮影所を訪れます。去年とは違う守衛さんに、また同じように「俳優になりたい」と打ち明けると今度は奥の部屋に通され、東映の関係者と話をすることができました。

アクションもお芝居もしたい。そうして入ったのが『東映アクションクラブ』でした。16歳、当時最年少の入団者となりました。

スーツアクター、いわゆる仮面ライダーとか戦隊ヒーローものの“中の人”が主な仕事。当時はショッカーや、仮面ライダーの吹き替えをしていたそうです。

20150226-001

『仮面ライダーZX(ゼクロス)』の吹き替えをする唐沢さん。ってか顔見えてる!(笑)

貧乏な下積み時代

ゼクロスはなんだか顔でちゃってますが、基本的にスーツアクターは顔出しもセリフもなし。もちろん唐沢さんの想いは「顔を出してセリフのある役」をすること。

しかしいくつもオーディションを受けるものの、合格には至りませんでした。

20150226-002

こんなにイケメンなのに合格しないって、本当に厳しい世界なんですね。

「当時、お金はなかったね。30メートルから飛び降りて3万円、全身燃えるのでも3万円だから。骨折や捻挫は日常茶飯事で、テーピング代わりにガムテープ巻いて撮影を続けてた。保険は当然、入れない」

怖い世界なんですね。当時は先輩の家に泊めてもらったり、撮影所で寝泊まりしたり、1畳のアパートに住んでいたことも。

1畳ってどうやって生活したらいいんですかね?家財道具というか、衣類とか生活用品とかどこに置いたらいいのか。

初めてオーディションに合格したのは、8年経った24歳のときでした。8年ですよ。腐らずに続けているその一途な想いがすごすぎます。

辞めて行った人を何度も見ながらがも、想いを貫くって本当にすごいです!

スポンサードリンク

妻・山口智子との出会い

初めて合格したオーディションでの舞台出演を機に芸能事務所に入り、そこからテレビの仕事も少しずつ始まりました。

翌年には、NHKの朝ドラ『純ちゃんの応援歌』(1988年)への出演が決まりました。主演は新人女優だった山口智子(やまぐちともこ)さんで、唐沢さんはその相手役に大抜擢されたのです。

20150226-003

すでに8年の下積み期間を経てきた唐沢さんに対し、経験の少ない山口さんは、主演女優としての不安や悩みなどを相談していたそうです。

このドラマを機に2人は交際をスタートさせ、ドラマから7年後の1995年に結婚しました。
関連記事=>山口智子の年齢にビックリ!唐沢寿明と仮面夫婦?子供や生い立ちについて!

交際発覚のきっかけとなったのは、山口さんの自宅マンションに暴漢が押し入り、居合わせた唐沢さんが撃退するという衝撃的な事件でした。

今年、結婚20周年を迎えた2人ですが、そのおしどり夫婦ぶりは有名で、お互いにお互いを大切だと堂々と言う間柄。いろんなこともあったでしょうが、出会ってからずっと山口さんを支えてきた事が伺えます。

夫婦のことや自分自身のことをマスコミに間違って伝えられるのが嫌だと、自伝も書いています。

この本には、ただ「役者になりたい」という夢を叶えるためどん底から懸命に進んできた唐沢さんの半生が描かれており、高等学校の副読本にも採用されています。

父親の暴力、勘当

この本に書かれていたのは、唐沢さんのご家族にまつわる過去も。

男ばかり3人兄弟の次男として生まれた唐沢さんは、小学生のときから人を笑わせる事が好きなユーモアのある子供で、通知表に「落語家になりなさい」と書かれるほど。

ところが家に帰ると両親はケンカばかりで、激高した父親が母親に暴力を振るう事もあったそうです。

あるとき母親への暴力を止めようと父親に「出て行け!」と叫ぶと、なぜか母親から「あんたが出て行きなさい!」と唐沢さんに怒りの矛先が。

高校を中退してまで役者を目指したことへの不満もあったのか、そこで両親からは勘当されてしまいました。

すでにご両親は亡くなっていますが、長い間、絶縁状態にあり、長い下積み時代は両親に頼ることもできなかったのでしょう。

『愛という名のもとに』

唐沢さんを語る上で、1992年のドラマ『愛という名のもとに』は外せません。

20150226-004

あまり有名ではなかった唐沢さんが抜擢されたのは『笑っていいとも』がきっかけだったそうです。

どういうわけか、テレフォンショッキングに呼ばれてしまった唐沢さん。当時は大事な舞台に向けて、稽古のまっただ中で、正直、テレビ出演している場合じゃない。

稽古の合間にTシャツにジャージ姿で出演した唐沢さんに「やる気ないの?」と突っ込むタモリさん。「こんなことをしている場合じゃないんだ」と舞台への想いを必死に語る唐沢さんの姿がプロデューサーの目に留まったのです。

不思議なきっかけですが、タモリさんという大物とのトークや国民的人気番組に出演するという名誉よりも、俳優としてちゃんと演じたいという仕事への熱い想いが、結果的に役者としての大躍進に導いたということなんですね!

熱い男!唐沢寿明!いいとこの坊ちゃんのような見かけとは違って、長い下積みを経て、一心に努力を重ねてきた人。これからも応援しています!

スポンサードリンク

 - エンタメ, 男性俳優 ,