松重豊は結婚してる?蜷川幸雄から脱走、転落事故!友人甲本ヒロトの手紙とは?

      2016/04/14    エンタメ, 男性俳優

今や、この人を見ない日はないというほど、ドラマにCMに大活躍されている松重豊(まつしげ ゆたか)さん。強面の顔を生かした役はもちろん、オネエやコミカルな役もこなす役者さんです。

『HERO』などの話題作への出演や、CMでは“おとくちゃん”として町娘のような着物姿を披露、また2015年1月からは月9ドラマ『デート~恋とはどんなものかしら~』で主演の杏さんの父親・藪下俊雄(やぶした としお)としての出演が決まっています。

2015年も止まらない松重さんですね!

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松重豊のプロフィール

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本名:松重 豊(まつしげ ゆたか)
生年月日:1963年1月19日(51歳)
出身地:福岡県
兄弟:弟
身長:188㎝
血液型:AB型
学歴:西南学院高等学校、明治大学文学部文学科卒業

福岡県に生まれ育った松重さんは、明治大学文学部への進学のため上京しました。言わずと知れた明治大学。偏差値63。頭もいいです。

俳優という仕事への興味はなかったものの、地方では観ることができなかった舞台観劇にはまり、数々の舞台を観るようになりました。そのうち、「映画を作ってみたい」と思うようになったそうです。

大学の友人に声をかけたところ、「一緒にバンドを組んでる仲間がいるんだけど、そのボーカルを主役にするか?」と話しがあり、それが30年来の友人との出会いになりました。

クロマニヨンズ甲本ヒロトとの出会い

岡山出身のその友人が連れてきたのは、THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)の元ボーカルであり、解散後の現在はザ・クロマニヨンズのボーカルを務める甲本ヒロトさん。

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甲本さんと松重さん、タイプの違う2人が友人というのは驚きました!甲本さんもあぁ見えて、1963年生まれの51歳なんですね。すごすぎる。

映画制作にはお金が必要ということで、最初に声をかけた友人が働いていた中華料理店『みん亭(珉亭)』で2人揃ってアルバイトを始めました。

同じ日にアルバイトを始めたと言うので、縁の濃いお二人ですね。ただ松重さんが監督を務め、甲本さんが主演のその映画は、資金不足により頓挫してしまったようで、今では幻の映画となりました。

以来、松重さんは監督業をあきらめ、甲本さんも俳優業はしないと決めたそうです。しかし「これだけは声を大にして言いたいんですが、ヒロト君はすごい俳優の才能があるんですよ!」と松重さんは甲本さんの演技力を絶賛しています。

すぐに甲本さんはブルーハーツとして大ブレイク!そんな仲間の活躍に「おお~、ヒロトすげえな!」と思いながら、松重さんはバイトに励んでいたと言います。

甲本ヒロトからの手紙

松重さんが『土曜スタジオパーク』に出演した際、そんな旧知の親友である甲本さんからの手紙が読み上げられました。

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松重豊くんへ。上京して下北沢で同じ中華料理店でバイトに入った日が一緒で、10代の僕らが仲良くなるのに時間は必要ありませんでした。
僕はバンド、豊は芝居の道を歩き始めたばっかりでした。

あの頃の下北沢の永遠に続くかのような時間は、今というこの場所につながっているのだろうか。こうやって豊に手紙を書いている事も同じ物語のワンシーンなのだろうか。そしてあの時のあの場所がスタートだったとしたらゴールはどこなんだろうか。

30年たった今も僕はバンド、豊は芝居に明け暮れています。そう、ちっとも変わっていません。これからもずっと変わりそうにありません。

もしかしたら、あの時僕らはすでに夢を叶えていたんじゃないだろうか。そう思ったらとても会いたくなりました。飲みましょう。

その時は、この手紙をからかって笑いましょう。甲本ヒロトより

追伸 おいしそうに食べる様子はあの頃のまんまです。

若い頃、同じ場所でそれぞれの夢を追いかけていた二人が、何十年も経て、今なおその夢の先にいるってすごく素敵です。若い頃のこういう時間をもっと大事にすべきだったなと我が身を振り返ってみたり・・・

最後の“追伸”は『孤独のグルメ』を観てるってことでしょうか(笑) そうやって、親友の活躍を甲本さんも「おお~、豊すげえな!」って見てるのかもしれませんね。

ちなみに松重さんは、今でも『みん亭(珉亭)』をふらりと訪ねたり、経営するご夫婦の元には毎年、年賀状が届くそうです。

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独身?結婚してる?子供は?

『孤独のグルメ』などの孤独っぷりから、独身なのかな?とも思いましたが、松重さんは御結婚されています。

結婚したのは27歳のとき。同じ大学に通う友人でした。同棲を3年間したのちに結婚。お子さんにも恵まれ、息子さんと娘さんがいます。舞台の楽屋に、息子さんの彼女からの手作りスコーンの差し入れをブログで明かしていました。

彼氏のお父さんが松重さんって、緊張しますよね。でもそんな手作りのものを差し入れ出来るとか、優しいお父さんなんでしょうね。

娘さんは大学で、舞台演出などの作り手としての活動をされています。父の背中を見て育っていますね。そんな娘の演出した舞台を見て、気持ちを新たにした様子の松重さんもまた素晴らしいです。

蜷川幸雄の元で俳優を志す

大学を卒業すると、新しく旗揚げされた劇団『蜷川スタジオ』のオーディションを受け、入団しました。世界の蜷川幸雄。松重さんの志の高さかと思いきや、他の劇団はお金がかかるため、お金のかからない蜷川スタジオを選んだんだとか。

オーディション用のセリフを覚え、本番に挑んだ松重さん。しかし直前の女性のオーディション中に、蜷川さんのあの激が飛びました!「ヤバいところに来た・・・」とその一瞬でセリフが飛んでしまい、いよいよ松重さんの番になったときには「すみません、セリフを忘れました」と早々にその場を後にしました。

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しかし後日、合格の連絡が・・・恐怖ですね。蜷川スタジオに出向くと、第一声「てめぇなんでセリフ覚えてネェンだ!!コノヤロー!!」と怒鳴られたそうです。

188㎝の松重さん「でかいから入れた」と言われたんだとか。妙なきっかけでしたが、俳優としての基礎が形成されたのが、世界の蜷川幸雄というのは、現在の松重さんの演技力を思わせますね。

建設現場での転落事故々

そんな“ヤバいところ”蜷川スタジオで稽古に励む松重さんでしたが、やっぱり蜷川さんが怖くて脱走したこともあるそうです。3年半ほど頑張った後、役者を辞めようと蜷川スタジオをあとにしました。

建設現場で正社員として働く日々。丁度、結婚したことも重なって、家族を養うためには安定したその職にも満足していました。そんなときに元劇団仲間の勝村政信(かつむら まさのぶ)さんから「松、もう一度、芝居をやらないか」と誘いがあり、一度だけのつもりで受けたそうです。

しかしそんな時に、仕事先の建設現場でまさかの転落事故を起こした松重さん。高所作業中に5mの高さから転落。落ちて行くときには人生が走馬灯のように見えたそうです。

「とりあえず受け身をとろう」と落ちた場所は発電機とバールの間、まさに奇跡です。ケガも骨折だけという強運でした。その感、仕事を休んでいたときに役者に戻り、現在に至るそうです。

松重豊さん、その実力も去ることながら運命的な出会いや、自身の強い運勢が役者としての人生を押し進めているように思います。人間味溢れる松重さんにこれからも大注目です!

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