「ママとパパが生きる理由」夫・けんさん死去。原作ブログ閉鎖へ

      2014/12/05    エンタメ

吹石一恵(ふきいし かずえ)さん、青木崇高(あおき むねたか)さんが夫婦役を演じているドラマ『ママとパパが生きる理由。』は、幼い子供を抱えた夫婦が共にがんになり余命宣告を受けるというお話です。

これは『私、乳がん。夫、肺がん。30代で同時にがん宣告を受けた夫婦の闘病記』という実在するブログを元に作られた実話です。ブログ主であったママ・芽生(めい)さんは、2013年の初夏、その生涯を終えました。

そして先日、夫であるけんさんも幼い2人のお子さんを残して旅立ったことがブログで伝えられました。

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けんさんによる芽生さん逝去の知らせ

ブログは、2013年4月末に芽生さんが最後の更新をしたあと、1年以上更新されることはありませんでした。しかし2014年10月、ドラマの告知と共にけんさんにより芽生さんの死去が報告されました。

芽生は、乳がんと告知されてから、
生きる為、治す為、娘達の為に良かれと思うことは、とにかく試し、
1日1日を必死で生きてきました。
ですが、病気の進行は、想像以上に早く厳しいもので、
長女と僕の手を握ったまま、
2013年初夏、とても優しい顔で眠るように亡くなりました。

僕と芽生2人で寛解し、子供達をずっと見守るということは出来なくなりましたが、
残された僕が、大きくなった娘達に、
芽生の思い出話をたくさんしてあげられるよう、
必死に生きていこうと思います。

芽生さんのブログからは「命を諦めない」という強い気持ちが伝わってきました。余命宣告を受け、自分に接する医療従事者が “終末医療” を意識していることにも芽生さんは憤りを感じていました。

幼い子供たちの成長を見届けたい。それを遂げられないかもしれないという恐怖。そんな気持ちと闘いながら、芽生さんは生きていました。

芽生さんが亡くなった時、長女は小学校に入ったばかり、次女においてはようやく1歳になったところ。芽生さんやお子さんたちのことを思うと、本当に胸が締め付けられます。

その後のけんさん

けんさんはその後も病気と闘いながら、芽生さんが遺していった子供たちとの生活を送っていました。「ママとパパが生きる理由」の公式ホームページには、けんさんのコメントが掲載されています。

僕の病気の現状も、仕事をしながら子供達と生活を送る事はできていますが、
根治・寛解はしていない状態です

芽生さんのブログでも、けんさんは放射線治療が効き、首にあった腫瘍は消滅。原発巣の腫瘍もほとんどなくなったと報告されていたので、根治・寛解はしていないと言うことでしたが、お仕事もされていてそれほど深刻な状態ではないと思っていたのですが。

「子供たちのために必死に生きていく」そう言っていたけんさんでしたが、先月末に芽生さんの元へ旅立たれたことがブログで伝えられました。

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芽生さんの両親によるけんさん逝去の知らせ

けんさんの死は、12月3日に芽生さんのご両親により伝えられました。

初めまして。芽生の父と、母です。
多くの方々に芽生のブログを見て頂き、又、けんさんにも沢山の温かい励まし等頂き、本当に有難う御座いました。
芽生は、けんさんや、皆さんに愛され短い生涯では有りましたが、
とても幸せだったと思います。
ここで、誠に残念なお知らせをしなければなりません。
けんさんも懸命に治療をしておりましたが、
その甲斐もなく、
先日寒くなり始めたこの時期の早朝に、この世を旅立ちました。
直前に二人の子供それぞれの手を握り、「愛してるよ」の言葉を残し、
安心したのか最後はお母さんに見守られ眠るように……。
空の上で、きっと芽生に「けんさん来るのはまだ早いよ」と言われているのでは。
芽生の時もそうだったように、私達もこの厳しい現実を受け入れるのに相当時間がかかると思いますが、
残された孫達の成長を頑張って見守っていこうと思っています。
なお、本ブログですが、12月5日12時をもって閉鎖させて頂きます。
今まで二人を応援して頂き、本当に有難う御座いました。
けんさんのご家族と共に心より感謝いたします。
皆さんが健康で幸せな生活を送られることを心より祈っております。

幼くして母を亡くし、その1年後に父とも死別してしまった子供たち。そしてご両親には娘や息子を亡くした悲しみに加え、現実問題として遺された子供たちを育てていかなければならないということも。

ご両親のご意向で、ブログは12月5日で閉鎖されるそうです。

夫婦の闘病の経緯

2006年?月:長女を出産

2012年5月:次女を出産。出産直後、胸のしこりに気づく。

2012年7月下旬:乳腺外科を受診し細胞検査を行う。

2012年8月:芽生さん、乳がんを告知される。「初期ではない、手術できる状態ではない、すぐに大きな病院へ」

2012年8月下旬:転移が発覚し「ステージⅣ(4)」と診断される。この診断から3日後、けんさんに肺周辺に腫瘍が発見される。

2012年9月:芽生さん、抗がん剤治療を開始。その翌日、けんさん肺腺がんと転移が告知される。「ステージⅢb」余命は1年半から2年。

けんさんは、放射線治療の効果が現れ、首・原発巣の腫瘍もほぼ消滅し、3ヶ月後には仕事も出来るほどに回復しました。一方、芽生さんは抗がん剤の効果が現れず、次々と薬を変えて治療を行っていました。

2013年2月:芽生さん、突然の余命宣告。「薬の効果がなければ半年。効果があっても最大2年」

2013年3月:最後の家族旅行。直前までの体調の悪さをはねのけ、京都旅行を楽しむ。

2013年4月:旅行後から体調を崩し、抗がん剤も効かなくなり、入院。

2013年5月:入院中の芽生さん、最後のブログ更新。楽しかった旅行やその後の入院などを綴り「続きはまた、後日に。」と締めたあと、芽生さんがブログが更新することはなかった。

2013年初夏:芽生さん逝去

2013年8月:かねてから進められていたブログの書籍化『私、乳がん。夫、肺がん。39歳、夫婦で余命宣告。 私は"私の命"をあきらめない』が出版される。

2014年11月:ドラマ『ママとパパが生きる理由。』が放映される。

2014年11月下旬:けんさん逝去

番組ホームページに寄せられたけんさんのコメントには

吹石一恵さんは、生前、芽生が大好きだった女優さんでした。
本当に優しく、強かった妻芽生の姿を、一人の視聴者としてテレビの画面でみられることを楽しみに待っています。

とあります。

最終話まで見届けることが出来なかったけんさんに心から哀悼の意を表するとともに、遺されたお子さんたちの心の痛みが少しでも和らぎ、健やかに成長されることをお祈りします。

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