山内惠介が両親と絶縁した涙の理由!演歌界の貴公子は胎教から!?

      2016/08/05    エンタメ, ミュージシャン

演歌界に氷川きよしさんが誕生して以来、若い演歌歌手がどんどん増えてきていますよね。そんな彼らを『演歌男子。』と呼ぶそうです。

そんな演歌男子の一人として話題なのが『演歌の貴公子』山内惠介(やまうち けいすけ)さんです。

17歳でデビューして、現在31歳。そのキャリアは15年近くにもなるんですね。最近ではトーク番組やバラエティ番組にもよく出演されている山内さんについて調べてみました。

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山内惠介のプロフィール

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生年月日:1983年5月31日(31歳)
出身地:福岡県
兄弟:男3兄弟の末っ子
身長:178㎝
血液型:O型
特技:水泳(小学校6年間)
学歴:福岡県立筑前高等学校卒業

男3兄弟の末っ子として生まれた山内さんは、なんと出生体重が4600gというジャンボベビーでした。

末っ子らしく甘えん坊でお母さんが大好き、いつもべったりくっついていたと言います。

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母親は演歌が大好きで、特に美空ひばりさんの大ファンだったので、山内さんも一緒にひばりさんの歌を聞いて育ちました。

母親のお腹にいるときからというので、まさに演歌の胎教を受けて育ったんですね。

5歳の頃には、卓袱台をステージ代わりにして美空ひばりさんの歌を親戚を前で披露するほどに。フルコーラス覚えて、さらに歌い方もモノマネすると、みんなが拍手喝采喜んでくれたそうです。

そりゃそうですよね、5歳児がひばりさんだなんてすごすぎる!

「その時の光景を今でもはっきり覚えている」という山内さん、それが歌手を目指す第一歩だったのかもしれません。

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デビューのきっかけ

学生時代には周りの友達の影響で、安室奈美恵さんなどJ-POPも聴いたそうです。

普通のことなんだけどなんか意外。笑

初めて買ったCDは、中山美穂&WANDSの『世界中の誰よりきっと』だと言うので、ホント普通の男の子だったんですね。

ただ演歌好きは健在で、中学生時代に放送部だった山内さんが校内放送で流したのは、なんと美空ひばりさんの「川の流れのように」

校内放送で演歌って私も経験ないですね。笑

山内さんとしては、思春期まっただ中の悩み多きの友人たちが少しでも癒されるようにとの選曲だったようです。

評判はいまいち・・・いい歌なんですけど子供にはなかなか伝わりにくいかもね。笑

中学を卒業すると福岡県立筑前高等学校に入学します。偏差値61という進学校です。頭も良かったんですね。

1年生の時におじさんが勝手に申し込んで初めて出場した福岡県のカラオケ大会で優勝し、作曲家・水森英夫さんにスカウトされ内弟子になったことがデビューのきっかけとなりました。

この大会のときの画像がこちら。

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この手つきが、まさに演歌歌手!山内さんの体にしみ込んだ演歌魂が伝わります。

両親との連絡を絶った6年間

運命のカラオケ大会の日から、毎月東京でのレッスンが始まりました。月1での上京、それが約1年間続きました。そして2001年4月に、水森先生作曲の『霧情』でデビューしました。

当時はまだ高校3年生だった山内さん。キャッチコピーは『ぼくはエンカな高校生』

高校生の演歌歌手。その話題性から多くの取材を受け、たくさんの人が集まってきました。

しかしそれも長くは続かず、次第に注目されなくなってしまうという辛い現実を突きつけられました。

すでに親元を離れ東京で生活していた山内さんでしたが、お母さんっ子の彼が母に会うと「心に甘えが見える」との理由から、母親との連絡を絶つように指示をされるのです。

ホームシックがあまりにも辛くて、母の声を聞けば帰りたくなってしまう。

母に会いたい、話したい、そんな日も数えきれないほどあったと思いますが、それを乗り越えた山内さんの覚悟が伝わります。

しかし辛く寂しい思いをしていたのは、山内さんだけではありませんでした。

11/28放送の『徹子の部屋』では母からの手紙も披露されました。

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マネージャーさんより「今より便利の良い場所に引越しました」と手紙が届きました。練馬の春日という場所だけで詳しい住所は分かりませんでした。「近くに大きな公園があり本人も気に入ってますよ」とのこと。

どんなところなのかと確認だけでもと思い、住所や部屋の番号もわからないまま、電車に乗って行きました。

分かるのは「部屋の前に大きな公園がある」ということだけ。それだけを頼りに母は慣れない東京を探し回りました。

心細くなり派出所で聞くと「大きい公園はいくつもあるからね」と不憫そうに言われたそうです。

しかし運命に導かれるように奇跡的に、惠介さんのマンションにたどり着いたのです。

ここに住んでいるのかと、玄関、ベランダと何度も何度も見て回り、日当りはどうかと考えながら今来た道を戻りました。駅で若い男性と惠介が重なり、思わず「惠ちゃん!!」と声をかけてしまい、我に返ったこともありました。

最愛の息子に会えない日々。遠く離れた地でひとり頑張っている息子を思うと、胸が張り裂けそうな時間を過ごしたことでしょう。

「今では全ていい想い出」と手紙には綴られていましたが、当時のお母さんの辛さや山内さんへの想いが伝わる手紙でした。

山内さんも涙を抑えることはできませんでした。

性格は?オネエ疑惑??

山内さんはトーク番組で見せる話し方も丁寧で腰が低く、真面目で控えめな性格を思わせます。

しかし意外なことに「デビュー当時は生意気だった」と過去を振り返っています。

変に自分に自信があって、大人の言うことはあまり聞きたくなかったと。

確かに子供の頃から歌が上手くて、スカウトされデビューとなると、自信がないっていうのもまた問題だし。分からないでもないですね。

でも今は辛い時期も経験して、当時の自分に「調子に乗るな!!一歩一歩きちんと歩いていけよ」と声をかけてやりたいと語っています。

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また、その物腰から「オネエ?」との疑惑もありますが、本人は30代に入ってからは「男に生まれたことを大事にしなくちゃいけない」と男の美学を追究しているんだとか。

また子供の頃のクリスマスには両親に「欲しいものがあったら、紙に書いて仏壇においておけ」と言われて「仮面ライダーのベルト」と書いた紙を仏壇に供え、クリスマスの朝に枕元に届いたエピソードも。

クリスマスに仏壇ってすごいですが(笑) でも仮面ライダーとか、男の子ですよね。そうです、山内さんは九州男児なんです。

長い下積み時代を経て、ようやくテレビでの登場も増えてきました。悲願の紅白出場は叶いませんでしたが、これからも頑張って欲しいですね!

▼追記(2015年11月)

祝・紅白出場が決定!

11月26日『第66回 NHK紅白歌合戦』の出場歌手が発表され、見事、山内さんは初出場を決めました!おめでとうございます!

山内さんはインタビューに

「15年目という節目の年に念願の紅白に出さえてもらえるということは、僕にとって最高の喜びです。紅白歌合戦はスポットライトを浴びながら、噛みしめて、感情を込めて歌いたいと思います。」

と答えています。

辛い時代を乗り越え、コツコツ一歩一歩すすんできた山内さんの夢がまたひとつ叶いました。素晴らしいですね。

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