「ママとパパが生きる理由」原作のブログ。夫婦で余命宣告を受けた実話(1)

      2014/12/04    エンタメ

吹石一恵(ふきいし かずえ)さん、青木崇高(あおき むねたか)さんが夫婦役で登場するドラマ『ママとパパが生きる理由』は、幼い子供を抱えた夫婦が乳がんと肺がんで余命宣告を受けるというお話です。

そんなすごい話、いくらドラマとはいえやり過ぎでしょう、と思いましたが、驚くべきことにこれは本当にあったお話なのです。

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原案となった芽生さんのブログ

『私、乳がん。夫、肺がん。30代で同時にがん宣告を受けた夫婦の闘病記』というブログがあります。ブログの主は『芽生(めい)』さんという1973年生まれの女性。

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彼女には、2人の娘さんがいます。2006年に生まれた長女と2012年5月に生まれた次女。6歳差で生まれた待望の次女が生まれた直後に彼女は自身が乳がんに冒されていることを知るのです。しかし直後に夫・けんさんもまた、肺がんに冒されていることが判明します。

私の心は折れていない。絶望もしていない。きっと治してみせると強い決意をして、笑って日々を過ごせている。
2人の幼い娘のために、まだまだ生きたいのだ。

そんな強い気持ちで、彼女は闘病記をブログに綴り始めました。ブログの始まりは2012年9月。次女が生まれてから4ヶ月目のことでした。

病気の発覚

胸のしこりに気づいたのは出産直後、まだ産後の入院中でした。助産師さんに話すと「母乳が詰まっているのね」と。

経験のある方は分かると思いますが、授乳期はたびたび母乳がつまり胸にボコボコとした固まりを感じることがあります。助産師さんの言うこともよく分かるし、芽生さんもその返答に特に違和感も感じませんでした。

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しかし退院後もそのしこりを感じ、市の助産師さんや母乳マッサージに相談するも同じ回答。しかし次第に痛みも伴ってきたため、乳腺炎(母乳が乳腺につまり炎症を起こす)を疑い、母乳育児相談外来へ行きました。そこでも同じように診断されますが、念のため乳腺外科の受診を勧められました。

2012年7月下旬、乳腺外科を受診。そこで「母乳の詰まりではない」と診断され、細胞検査をすることになりました。しかしこの検査では、良性か悪性かを判断できなかったので、その後、再検査となります。

そして再検査から1週間後、病院から「検査結果が出たので再度受診するよう」電話がありました。最初の検査からは2週間が経っていました。

電話の印象はかなりライトな感じ。
ご家族も一緒に…とか言われなかったし、きっと大丈夫だったんだ。

そう思いながら出向いた病院で、芽生さんは1人、がん告知を受けることになったのです。「初期ではない」「手術できる状態ではない」「すぐに大きな病院へ」

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肝臓とリンパへの転移

こんな病気になってしまって、家族には精神的にも肉体的にも経済的にも迷惑をかけてしまうと、けんさんに謝る芽生さん。自分のことよりも周りへの負担をひどく気にする彼女でした。

夫は、私が謝ることは何もないといって、涙を流した。

胸が無くなろうと、腕が無くなろうと、どんな姿になったとしても
生きていてさえくれればそれでいいんだと言って、泣いた。

すぐに大学病院への転院を決め、週明けの月曜日に病院を受診しました。6時間ほどかけて転移がないかあらゆる検査を行いました。そして、肝臓とリンパに転移がみつかり、手術ができない「ステージⅣ(4)」と診断されたのです。

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この日を迎える前に、ネットや本で情報収集して覚悟を決めていた芽生さんは気丈に振る舞うも涙が止まりません。隣にいるけんさんも溢れる涙を止められませんでした。

そして1週間後から抗がん剤治療が始められることが決まりました。

夫の癌が発覚

けんさんもまた首の腫れを気にして数日前に病院を受診していました。芽生さんの転移が分かってから3日後、けんさんの検査結果が出ます。肺周辺に腫瘍が見られるため病理検査を

芽生さんが初めての抗がん剤治療を受けた翌日の9月5日、けんさんの病院に家族が呼び出され告知を受けたのです。「肺腺がん」「転移も見られる」「ステージⅢb」、そして余命は1年半から2年

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夫と2人きりになった時、泣かないと決めていたのに泣いてしまった。

でも、あきらめないんだ。

絶対に、夫婦で治ってやるんだ。

一緒にがんばろう。

絶対に、大丈夫。

2人でそう話した。

夫婦の闘病

けんさんは入院し、抗がん剤治療を受けることになりました。芽生さんは自宅での療養生活。療養といってもまだ生まれたばかりの小さな子供と、5歳の幼い子供を抱えている上に、治療の副作用や免疫力の低下で体調もままならない生活。

夫婦ともに「相手を支えたい」のにそれが出来ないもどかしさを抱えていました。芽生さんよりもシビアに余命告知を受けてしまったけんさんは「退院したらすぐに働く」と言い、自身も大変な中「大変な時なのにそばにいてあげられなくてごめん」と言う。

お互い、思うのは相手の事ばかり。
自分の事よりよほど心配なのである。

そんな風に相手を思いやる力は時に「自分が病気だということ」を忘れてしまうほど。本当に大変な試練の中でもなお「悪いことばかりではない。きっと乗り越えられると信じている」と芽生さんは綴っています。

(2)に続く=>「ママとパパが生きる理由」原案ブログ。夫婦で余命宣告を受けた実話(2)

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