浅野ゆう子の覚悟。支え続けた田宮五郎の症状は?結婚を阻んだのは?

      2016/05/02    エンタメ, 女性俳優 ,

かつて「トレンディドラマの女王」としてブレイクした女優の浅野ゆう子さんと交際していた、俳優の田宮五郎(たみや ごろう)さんが11月6日にくも膜下出血により亡くなりました。闘病中は浅野さんの大きな支えがあったと言います。

2人は田宮さんがデビューする以前からの知り合いで、当時から浅野さんは田宮さんをサポートしていたそうです。長いお付き合いだったんですね。

浅野さんに交際相手がいるということも知りませんでしたが、54歳の浅野さんが47歳という若さの恋人を失うということがどれほど辛いものかと想像に難くありません。2人はどんなお付き合いをされていたのでしょうか。

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浅野ゆう子のプロフィール

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本名:赤沢 裕子(あかざわ ゆうこ)
生年月日:1960年7月9日
出身地:兵庫県神戸市
身長:167cm
血液型:AB型
学歴:神戸市立本山中学校、堀越高等学校卒業

3歳のときに両親が離婚し、幼い頃は母親と親戚宅を転々としていました。芸能界への憧れは浅野さん自身も持っていましたが、それ以上に母親の想いは強く、小学生のときに歯の矯正をするなど積極的に娘の芸能界入りをバックアップしていたようです。

この母親は、神戸花隈(はなくま)にあった高級料亭「上伊」の専属芸者をしていました。大物政治家が来るほどの料亭だったそうです。お母さんも美しい人だったんでしょうね。

田宮五郎さんとは

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田宮さんは、1978年に亡くなった俳優・田宮二郎さんの次男にあたります。田宮二郎さんのことは私もあまり知らないのですが、当時180cmという身長に端正なルックスで人気を博していたそうです。

お兄さんは、リポーターなどを務めていた柴田 光太郎(しばた こうたろう)さんです。

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田宮さんは子供の頃から俳優を目指すも、「俳優になるなら人間を知ってから」という父の遺言を守り、東京農業大学農学部畜産学科を卒業したあとは日本語教師、新聞配達、料理人、大工、造園業、司法書士事務など数々の職業を経験し、39歳で俳優デビューしました。

俳優としてはかなり遅咲きでしたが、NHK大河ドラマ『功名が辻』で演じた黒田長政が話題となりました。浅野さんも豊臣秀吉の正室・寧々役で出演していましたね。

2人の交際と発病

田宮さんのデビューは2007年、2人はこの頃からお付き合いをスタートさせました。田宮さんは浅野さんと同じ芸能事務所に所属し、浅野さん主演のドラマで共演することも多かったそうです。

また、仕事があまりない田宮さんを、浅野さんが経営する眼鏡店の店長として雇い入れるなどのサポートもあったようです。

2009年には2億円ともいわれるマンションを購入し、同棲生活が始まりました。忙しい浅野さんのために食事を作ったり、堂々と2人で出歩く姿も目撃されています。周囲には「結婚も考えている」と言っていました。

そんな矢先の2012年4月、田宮さんは自宅で筋力トレーニングをしていた際にくも膜下出血を発症して救急搬送されました。8時間にも及ぶ手術、昏睡状態は4日間も続きました。浅野さんや周りの方々も不安な日々を過ごしたと思います。

それから2ヶ月後、2人の交際が発覚。浅野さんは明治座での主演舞台『黒蜥蜴(くろとかげ)』に向けて連日の稽古。マスコミはそれを狙って2人の交際や田宮さんの病状などについて直撃インタビューしますが、何も応えず。しかし後日、浅野さんからコメントが発表されました。

私の良き理解者である田宮さんは今「生きていきたい」と前向きに信念を持ち、懸命に病と闘っております。私は今、舞台公演を心を込めて演じさせていただくことが自分の使命だと思っております。それを田宮さんも病床から応援してくれています。

浅野さんは、趣味のテニスやゴルフをきっぱり辞めて田宮さんの側に寄り添う覚悟をします。忙しいなかでも、ほぼ毎日病院の田宮さんを見舞ったそうです。

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田宮さんの症状

奇跡的に一命を取り留めた田宮さんでしたが、左半身に麻痺が残り、高次脳機能障害も出ていたといいます。脳の損傷により、記憶や思考、判断などが難しくなり、また感情のコントロールも難しくなり突然怒りだしたりするような障害だそうです。

会話も噛み合ず、声の大きさを調整することが難しい。イライラして人に当たることも多くなったそうですが、不思議と浅野さんといると穏やかでいられたそうです。浅野さんもそんな田宮さんに寄り添いました。

発病から3ヶ月後にはリハビリ専門の病院に転院し、懸命にリハビリを行っていましたが、出演中だったドラマ『七人の敵がいる!』を降板するなどもあり一時はうつ状態にもなったそうです。浅野さんは何度も病院に通い、退院後は2人のマンションで暮らし、側で励ましサポートし続けました。

順調な回復をみせていたように思われましたが、11月2日の早朝に2人が暮らす自宅で、くも膜下出血の再発により倒れ救急搬送。そのまま意識は戻らず、4日後に帰らぬ人となりました。浅野さんも最期を看取ったそうです。

数週間前には「仕事をしたい」と友人に復帰への意欲を語っていたといいます。葬儀は近親者のみで行われ、浅野さんは憔悴しきっていてコメントを出せる状態ではないそうです。

浅野さんと田宮さんは結婚していなかったのでしょうか。

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そこには母親の反対があったといいます。

当初は田宮さんとの交際について喜んでいた母でしたが、田宮さんの発病後は一転します。女手ひとつで育て、熱望した芸能界で活躍している娘が、みすみす苦労する道を選ぶのを阻止したい母親の気持ちもわからないでもないです。

ですが、若い女性ならまだしも、50歳も過ぎた大人の女性が自らの大きな覚悟を持って愛する人と寄り添う。それを認めてあげても良かったのではないかと思います。今となっては“結婚”という事実が一人残された浅野さんのこれからの人生を支えてくれたのではないかと。

若い頃から注目され、美人だけれど飾らず、自虐的コメントなどサービス精神も旺盛の浅野さん。明るい彼女にこんな事実があったとは知りませんでした。「元気を出して」なんて軽はずみなことは言えませんが、心が落ちつくまでゆっくりして欲しいです。

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