やしきたかじんと妻・さくらの出会い。母に結婚や死を知らせなかった理由は?

2014年1月3日食道がんのため亡くなったやしきたかじんさんの妻と親族の間で遺産相続の問題が勃発しているようです。

たかじんさんは、生涯3回の結婚をしています。21歳、44歳、そして亡くなる3ヶ月前の64歳。お相手は “さくら”さんという32歳の女性です。実に32歳差。最初の結婚の翌年に娘さんも生まれていますので、この長女が現在43歳前後だとすると娘よりも若い奥さんをもらうという。

しかも亡くなる3ヶ月前の結婚とあれば勘ぐりを入れたくなる気持ちもわからなくもありません。さらに死後明らかにされたたかじんさんの遺言では、遺産の10億の配分が「『OSAKAあかるクラブ』に2億円、大阪市に2億円、母校の桃山学院に2億円を寄付する旨、妻さくらさんに4億円」というもので、長女の取り分はなし。

このことでトラブルが発生するのも無理はないですね・・・

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やしきたかじんプロフィール

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本名:家鋪隆仁(やしき たかじん)
生年月日:1949年10月5日
出身地:大阪市
血液型:O型
趣味:ゴルフ・合コン
学歴:桃山学院大学経済学部中退、龍谷大学経済学部中退

たかじんさんといえば「やっぱ好きやねん」「なめとんか」などのヒット曲を生み出したことでも有名ですが、中でも関西ではカリスマ的人気を誇る歌手でありタレントです。

芸能界でも明石家さんまさんや笑福亭鶴瓶さんのような大物から若手までたかじんさんを慕う人たちが本当に大勢いることからも人望の厚さを感じます。

デビュー前は、京都でクラブ回りをして歌手活動を行っていたそうです。その歌声に魅了されて火がついたかと思いきや、実は酔っぱらった客が自分の歌を聴いていないことに腹を立てケンカとなった武勇伝が話題となり大阪のラジオ番組に起用されたことがはじまりだそうです。

その後は歌手としてだけではなく、政治・経済・社会を大胆に斬るトークが人気となったことはよく知られています

妻との出会いから結婚

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2011年10月、Facebookで2人は知り合います。さくらさんは韓国人とも言われていますが “日本国籍” を持つ関西出身の女性だそうです。旧姓は森田さくらさん。海外生活が長かったため、たかじんさんのことを知らなかったそうです。

その年の12月、食事会で初めて顔を合わせた2人。たかじんさんの一目惚れだったと言います。なんとその5日後、初めてデートした際に、たかじんさんがプロポーズをするという惚れ込みよう。これでお付き合いが始まったんでしょうか。

ちなみに初デートで2人が行ったお店が、たかじんさん行きつけの大阪西区にある鉄板焼き「やきやき晴の花」だそうです。

しかしそれから1ヶ月も経たない翌年1月、人間ドッグでたかじんさんの食道がんが判明し、4月には手術を行いました。

1年ほど休業したのち、2013年3月に復帰するも翌月にガンが再発し、再度休業に入ります。それから半年後、休業中のたかじんさんの結婚が報道され驚いたことを覚えています。ずいぶん若い奥さんだったので「結婚するほど元気なんだ」と思っていましたが、実はその逆だったんですね。

それから3ヶ月後、2014年1月、たかじんさんは永眠されました。

母に結婚を知らせず

たかじんさんとさくらさんは3年近く交際して結婚に至りましたが、大阪にいる母親や親族には結婚の報告はなかったそうです。

実母はたかじんさん休業中に脳梗塞を患いました。幸い命に別状はなかったものの、麻痺が残り車いす生活だそうです母の闘病を知ると、たかじんさんも奮起し自身の病と闘っていたと言います。また復帰の際には「復帰番組を見に来てください」とスタジオにも招待していたそうです。

たかじんさんが桃山学院大学在学中、父親と進路のことで衝突し勘当されていました。父親が在日韓国人であったことなども含め、反発心も強く、長期間絶縁状態にありましたが、母親のことは常に気にかけていたそうです。

しかし絶縁中とはいえ、ご両親はたかじんさんの大きなサポートをしていました。それはたかじんさんの長女の養育

最初の妻は離婚後、一人娘を引き取り育てていましたが、娘さんが15〜16歳の頃にくも膜下出血で帰らぬ人となりました。いそがしいたかじんさんにかわって、娘さんを引き取ったのがご両親だったのです。ほとんど親子の交流がない息子にかわって、孫というよりも娘のように育ててきたと言います。

そういった恩義のある両親に結婚の報告をしなかったのはなぜなのでしょうか。生前はたかじんさんら兄弟で母親の喜寿(77歳)を祝ったというので関係は回復してきていたと思うのですが。

さらに、最初の妻の死から5年後に2人目の妻と再婚していますが、たかじんさんに娘さんを引き取るという意思はなかったんでしょうか。

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家鋪さくらは母に死を知らせず

結婚だけではありません。母が息子の死を知ったのは亡くなった日から4日後のことでした。すでに骨になってしまい、その顔をみることは叶わなかったのです。

それから母は、突然泣き出したり「なんで言ってくれんかったんや・・・」と漏らすようになったと言います。

本当にどうして言わなかったんでしょうか。さくらさんとの確執が伝えられていますが、葬儀にはたかじんさんの両親に育てられた長女も参列しています。現在は大阪の家を出ているとはいえ、せめて長女からご両親に連絡があってもよかったんじゃないでしょうか。

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母がその遺骨に会えたのも死から1ヶ月後のことでした。さくらさんに懇願し、それが叶ったとそうです。このとき、母親も含め、たかじんさんの親族もさくらさんと初対面というのもまた驚きです。

このときさくらさんからは闘病生活での介護の苦労話を延々聞かされるだけで、知らせなかったことへの謝罪などは一切なかったそうです。

11/7放送の『金スマ』には、たかじんさんとさくらさんの秘話が紹介されます。出会いや、闘病生活のこと、2人の愛について語られるそうです。放送と同じ日に作家・百田尚樹氏がたかじん夫婦について書いた『殉愛』も発売されます。そこでもまたさくらさんの献身的な介護が記されているそうです。いずれにせよさくらさん側から語られる美談でしょうから真実は分かりませんね・・・

(追記:2014.11.13)

イタリア人男性との重婚疑惑

さくらさんがイタリアで結婚していたという話がでてきましたね。やっぱりというか・・・

日本人女性がイタリアに行き、イタリア人男性に恋をして結婚する、幸せな結婚生活を綴ったブログ『都会っ子、イタリア、カントリーサイドに嫁ぐ』が、さくらさんのものであるというのです。

その女性は、2010年9月にイタリア人男性と現地で結婚し、夫・夫両親・夫弟・犬3匹・猫1匹と生活していました。ブログ内で紹介されている犬が金スマで紹介された写真に登場しているものと同種なのです。

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右が金スマ、左がブログです。犬もさることながら、この女の子も同一人物じゃないですか・・・たかじんさんとの出会いも「犬好きが集まる」Facebookページでのことだったので、ビンゴでしょうか。

このブログ女性の年子の妹が、日本に来た姉夫婦の画像を、自身のブログにアップしています。

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ア、ア、アウト〜〜〜〜!!!

こうなったら夫婦共謀しての遺産狙い? さくらさんは、2011年12月にたかじんさんと出会い、1月に交際をはじめるとその後は夫の待つイタリアには戻りませんでした。夫は自身のツイッターでこのようにつぶやいています。

2012年1月22日
2 days: longest period without talking with my wife
(奥さんと2日間しゃべってない、これまでで最長期間だ)

2012年3月15日
75 days far from my wife and I am going crazy.
Maybe it's time to think how to get out this situation. Move to Japan?
(75日も嫁さんと離れ離れ、気が変になりそう、日本に移住を考える時期に来たかな)

2014年1月9日
(守銭奴とは 金のためだけに動く人間 要するにビッチのこと……)

単独犯決定ですね・・・これからどんどん暴かれそうな予感です・・・

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