宮崎宣子アナ「尽くしすぎて」離婚の真相とは。出会いから結婚まで

      2016/05/02    エンタメ, タレント

2011年12月に結婚したフリーアナウンサーの宮崎宣子(みやざき のぶこ)さんが、今年夏に離婚していたことを9月に発表しました。

離婚の原因については「尽くしすぎて自爆した感じ」と自ら語っていますが、何があったのでしょうか。

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宮崎宣子のプロフィール

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生年月日:1979年9月4日
出身地:宮崎県宮崎市
身長:160㎝
血液型:B型
特技:Y字バランス
学歴:宮崎県立宮崎北高等学校を卒業、早稲田大学第一文学部卒

高校生の頃はかなり成績優秀だったそうで、指定校推薦で早稲田大学に入学します。

木佐彩子さんや雨宮塔子さんに影響されたことからアナウンサーを目指し、早稲田ではアナウンス研究会に所属しました。

同時にアナウンサーの養成学校である東京アナウンスセミナーにも通っていますので、その本気度が伝わりますね。

第一志望だったフジテレビへの入社は叶わなかったものの、2002年に日本テレビに入社し憧れだったアナウンサーになることができました。

入社3年目で情報・バラエティ番組『ラジかるッ』を担当することになり、天然キャラが受けて一気に人気が高まりました。

おバカキャラ、天然キャラで人気だった宮崎さんでしたが、2012年に日本テレビを退社しフリーになってからはあまりテレビでも見かけることもなくなった感じですよね。

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出会いから結婚まで

2011年12月に大手レコード会社勤務のAさんと結婚しました。

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出会いは2009年4月、同僚の田中毅アナを紹介するためにセッティングした食事会。2人とも“人数合わせ”で参加したというその会で、Aさんの第一印象は最悪だったそうです。

「シルバーの髪の毛に顔は真っ黒、Vネックでおでこに伊達メガネ、たばこをふーって。怖くて、あまり関わらない方がいいかなと思った」と当時を振り返っています。

確かに、これはなかなか強烈かも。

一方、Aさんは宮崎さんに好意を寄せ、Aさんから宮崎さんへアプローチ。

しかし宮崎さんは態度を崩さず「電話も取ったことがなかった」そうなのですが、それが2年続き、変わらぬアプローチに宮崎さんの心が動きます。

「これだけひどい対応をしたのに、彼はよっぽどいい人なのかもしれない」と半信半疑のまま交際を開始しました。

交際がはじまった頃から宮崎さんは日テレを退社しフリーになることを考え始めますが、そのときに大きな支えになってくれたのがAさんでした。

交際から10ヶ月。

自身の誕生日が近づいた頃に「今度の誕生日に入籍しようと思うんだけど」と宮崎さんのほうから突然切り出すとAさんも大喜びで快諾してくれたそうです。

入籍した12月24日には「明日が人生最後と考えた時に、一緒にいたいと思ったのが宣子でした」とAさんから言葉をもらったと話していました。

2012年10月にひらかれた披露宴には中山秀征さんや日テレの鈴江奈々さん、石田エレーヌさんなど約200人が集まり、司会はザ・たっちが務め盛大に行われました。

そして離婚

幸せの披露宴から2年たたずして2人は離婚。入籍からは約2年半でした。

昨年末に宮崎さんのほうから離婚を切り出し、話し合いを進めていましたが、今年に入って別居。そしてこの夏に離婚届を提出したそうです。

宮崎さんから離婚を切り出したもののそれは「私と一緒にいるより、彼を解放してあげた方がいいと思った」という気持ちからだったそうです。

「尽くしすぎて自爆した感じ。彼を結婚に巻き込んでしまった・・・」と自らの離婚を語っています。

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Aさんは仕事や接待で帰りが明け方近くになることも多く、深酒することもありました。

宮崎さんはAさんの体調を心配し、近所の薬局に相談に通いながら、ほぼ毎日、お弁当や野菜ジュースを作ったそうです。

Aさんが太り始めると、野菜を食べさせるため朝からタジン鍋を作ったこともあったという献身ぶり。

休日は2人時間を楽しみたい宮崎さんでしたが、Aさんは家でグッタリすることが多く夫婦の時間をなかなか過ごせず宮崎さん自身もストレスがたまっていったと言います。

Aさんも宮崎さんの献身ぶりが負担になっていたのかもしれません。

結婚時に「できることなら35歳を過ぎたあたりから4年おきに3~5人ほしい」と言っていた宮崎さん。ブログでも『子供』のことに触れる発言も多く、もしかしたらそういった部分でもズレがあったのかもしれませんね。

今回、離婚の真相を『櫻井有吉アブナイ夜会』で語るそうですが、どんなことを語られるんでしょうか。

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